第四十六章 一生分の片思い
「つーまーり?」
「…まあ、お互いに呼び合ったってことだろ?」
あの日から一週間。
お互いの夢の記憶をつなぎ合わせ寄せ集めて。
そうして得た、結論。
あたしがユーリの中で体験していた世界を、
剛史は、寄りにも寄ってアレクの――
あのとんでもなく美形でカッコ良くて、
めちゃめちゃいい男であるアレクシーズ・ユノ・コルフィーの中で
体験していたとのたまってくれたのだ。
「いや~
いっくら良い男でも、俺の思い通りに動いてくれる訳じゃなし。
なんのメリットもなかったぞ、俺にとって」
「鏡! 鏡、見てりゃいいじゃん!
あんだけ良い男、自分で自分を見てるだけで目の保養とか思わん?
正直眼福以外にないでしょうが」
「綺麗な顔でも、男だぜ?」
俺、男に見とれる趣味、ねぇし。
しれっと言ってのける。
――かっわいくない…
男って、どうしてこうロマンってものがわからないのか。
「アレクはね~!
顔だけじゃないの!
す、べ、て!
存在自体がもう奇跡なんだから!!」
そのアレクに入ってたのが、
まさか、剛史だったなんて…
「お前ね、男に夢見過ぎ。
あいつだって、しっかりきっぱり健全な男だったぞ~
それこそ、ワイ談はするは酔っぱらうは、女引っかけるは…」
「引っかけたの!?」
「いや、その瞬間はみてねぇけど」
その手の話は当り前の…いや、むにゃむにゃむにゃ…
ええい!誤魔化しおって…
――でも、まあ、そんなもんか。
あたしの見てたアレクは、
あくまでユーリの目から見たアレクだ。
人である以上表もあれば裏もある。
あたしが見た――見ていたアレクは、表の顔なんだろう。
ユーリの前にいたあの人は、高潔でカッコ良くて…
本当に、良い男だった。
「…その後、行った?」
「いや… お前は?」
黙って首を振る。
あの日、あの夜。
ユーリとアレクがばらばらになってしまった日を境に、
あたしは、あの世界の夢を見ていない。
「お前、どこまで見た?」
「第二に突っ込んで、そのまま…」
「……俺がいる間は、二人とも立ってた」
――その先は?
応えのないのが、答え。
彼らの運命を、知ることはない。
あたしも――剛史も。
「…もう、いいってことかな…」
もう夢は、おしまいって。
あたしの初恋。
最初から、失恋決定なあたしの最初の恋。
たった一つ、『好きだ』という言葉さえ、
相手に告げることなく終わってしまった。
「…いい男だったよ…」
「…」
「本当に、いい男だったんだから…」
日に透ける銀の髪。
魔性を秘めた紫の瞳。
見あげる程の高い鍛え上げられた体躯。
凄まじいまでの剣の冴え。
「本当に、好きだったんだから…」
抱え込んでいたグラスに泣きそうになった顔を押し付ける。
好きだった。
大好きだった。
何よりも誰よりも、あの人の笑う顔が好きだった。
ユーリに――あたしに向けてくれる、
優しい微笑みが好きだった。
初めてこんなに人を好きになった。
話せなくても、触れられなくても構わなかった。
片思い――
一生分以上の想いを積み上げて、
ただ、あの人が、好きだった。
「あのさ…」
「何…?」
「なんで俺が、あいつの中に入っちまったか考えてたんだけど…」
そうだね…
あんただけじゃなく、
何であたしは、ユーリのなかに入ってしまったんだろう。
「あいつさ…
アレクには、弟がいたんだよ」
「え…?」
「十の年に、ちょっとした怪我がもとで死んじまったんだけどな」
初めて聞く話だ。
アレクに…弟…
「そいつ、ユーリと同じ年でさ。
ユーリが来た時、あいつひどく驚きやがって…」
弟が生き返ったように思っていたと、剛史は言う。
「似てるって訳じゃないが、ちょっとした仕草とか、癖とか…」
奴にしたら、
救ってやれなかった弟を、見ているような感じだったみたいだ。
弟――そうか、弟、か。
あの眼差し、慈しむ様な視線。
そう、か… 弟、ね…
「ユーリのあいつへの感情だって、本質的には一緒だろ?」
「本質的?」
「えっとな。
家族愛、兄弟愛っていうか…
ユーリにとって、あいつは理想の兄貴だったんじゃないのか?」
――少し、納得した。
ユーリのアレクへの傾倒は、
父や兄への憧憬を、理想化したようなものだったかも。
「そのベクトルが、俺達と重なったんじゃないかと思う」
「へ…?」
なに?
どういうこと?
「お前は、アレクが好きだったんだよな?」
「うん」
「俺は、お前が好きだから」
「……」
「……」
「……」
「…おい、何とか言えよ」
「えっと…なんとかって…」
今、なんて言いましたかね…?
「俺は、前からお前が好きだった」
間。
「うそ~~~~~!!」
「わー!わー!わー! バカ!しーっつ!!」
ここ、どこだかわかってんのか!
思わず辺りを見回すと、静まり返った店内。
ついつい行きやすさを考慮して、選んでしまったいつもの居酒屋。
ガヤが渦巻く店内は、結構込み入った話に向いている。だが、
「――たけっちゃん。興に乗るのはいいけど、ほどほどにね」
「…大将」
申し訳ない。
口を押えられたまま、剛史と一緒に頭を下げる。
その動作ひとつで、喧騒が戻ってくるのはさすがというか…
「うそってなんだ、うそって!」
押さえた声で、でも少しだけ怒気を含ませて剛史が詰問調になる。
やだ、センセ。
お医者様がそんな声出しちゃダメじゃない。
「え、だって… うそ……
え?まじ?
なんでって、言うか、いつから?」
「…初めておまえん家に、行った時から…」
ちょっと待て!
それって、それって…
「初めて会った時じゃん!」
「そうだよ!」
初めて会った時に一目ぼれしたんだ。悪いか!
悪いか…っていうか…
「あ、ありえねぇ……」
「きっさま~
言うに事欠いて、『ありえねぇ』とはなんだ? ありえねぇとは」
「だって、ありえなくない?
…って言うか、あんた、そんな素振り、一回も見せたことなかったじゃん」
そうよ。
いつだって、兄貴と一緒になってからかってバカにして…
「ガキだったんだよ」
ぐいっとあおる日本酒が苦いのか、眉間にしわが寄る。
「ああ、そうさ。
好きな子いじめてって言う、いっちばんの地雷踏んだ馬鹿」
「…え?」
「……最初はわかんなかったんだ。
自分が、なんでこんなにお前につっかかるのか」
自分でも嫌になるからって、大学逃げて6年、研修も入れて8年。
逃げて逃げて逃げまくって――
「観念したのが一年前」
「いちねんまえ…」
「お前がいたから、ここに就職」
さりげなく、でも、結構重いことを告げてくださる。
あたしは男の一生を、
左右してしまうような、価値のある女じゃない…
「で、そのうち、夢の中であいつに同化するようになって」
俺なりに考えてみた。
なんでこんな夢を見るのか。
「そのうち、夢見るの、いつもお前と会った後だなって。
そんで、よ~く観察したら、
波長って言うのか、どうしても目を引く、そんな奴がいるのがわかって」
え?
「…見えたの…?」
あたしが感じた、あの一瞬のように。
「ああ…」
ユーリの中に、お前が見えた。
「嬉しかったよ。
たとえ俺じゃなくても、あんな風に見てくれて笑ってくれて…
俺がお前を見ることができたのって、ほんの二、三回だったけど、
俺のしたかった様にお前を――
お前が中にいる、ユーリを可愛がってる奴の、中にいるのは嬉しかった。
ユーリ越しに、お前の笑顔を見るのが楽しかった」
本当に嬉しそうに、酒を傾けるから、
あたしは何も言えなくて、同じように、ぬるくなったビールを口に含む。
「たぶん、俺の中にある、お前への感情と、お前がアレクに感じた想いとが、
あいつらのベクトルと一致したんじゃないか、と思う」
そうとでも考えないと説明が付かない。
「ベクトル…」
ぶつぶつと、自分でも考え考え、
あたしに説明しようとしている剛史を見ながら考える。
ベクトルね。
そう考えると、説明はつくかもしれない。
でも、それだけじゃ、足りない。
剛史、
あなたは一つ、
可能性を考えないようにしてる。
「ごちそうさまでした~」
「ありがとうございました~ またどうぞ~」
愛想のいい店員のお姉さんに見送られて、店をでる。
春先のまだ肌寒い風が、
少し火照った頬を気持ちよく覚ましてくれる。
見上げた空は十三夜。
満月にもう一つ足りないお月様。
「有里」
「ん?」
「俺はお前が好きだ」
――やっぱり、なかったことにはしないんだ。
「引かないんだね」
「ここまで来て引くもんかよ」
同じように、月を見上げた目線は合わないまま。
「少しずつでいいからさ、俺の事考えてみてくれよ」
まったく。
強気なんだか、弱気なんだか。
これが、剛史。
あたしの知ってる――知らなかった男。
同じように月を見上げて、
だから、あたしも言ってやる。
「バカ…」
バカ、剛史。
「十年もほっといた癖に、なんにもなかったような顔して戻ってきて、」
「あたしの生活、引っ掻き廻すだけ引っ掻き廻して、好き勝手して」
「からかって、遊んで、暴言吐いて…」
なんで黙ってるの。
なんで、言い返さないの。
「なのに、そんな男が、あたしの、アレクの中に、いたなんて…」
あたしは、
あたし、はね…
「…あたし、アレクが好き…」
一歩。
「…知ってる」
「もう、会えないかもしれないけど、好き」
もう一歩。
「わかってる…」
ゆっくりゆっくり歩きだす。
歩調を合わせてくる剛史が、くすぐったくて。
「…忘れないよ…?
あたし、きっとアレクのこと、一生忘れない」
初めて、あんなに好きになった。
この人が好きだと、初めて自分が認めた人。
だけど…
足が、止まる。
やっぱり一緒に止まっちゃうんだ。
そのことが、少しだけ悲しくて可笑しい。
「忘れなくてもいい…?」
「有里…?」
「一生、初恋、引きずっちゃうような女でも、かまわないの?」
こんな風にあんたを試しちゃうような女でも。
振り向いて目を上げて、
少し背の高いその目を、しっかりと見て言ってやる。
「いい」
「それで、かまわない」
即答、しちゃうんだ。
「これから、俺に振り向かせるから」
これから先、俺だけしか見ないようにさせるから。
「神戸有里さん。俺と付き合ってください」
――コクン…
思わずうなずいちゃった。
「え?」
「え?」
うなずいたあたしもびっくりしたけど、
なんで、あんたの方があたしより驚くのよ!
「ほんとか? いいのか?」
マ、マジか…
口に手を置いて、何を噛みしめてんの。
「…こんな事、冗談でいうほどあたしは性格悪くない」
「いいのか? ほんとにいいのか?
いまさら、嘘だって言うなよ?」
言ったら泣くぞ?
「…それって、何の脅迫?」
あんた、自分の年わかってる?
後二年もすれば三十路だよ?
「あたしね。アレクが好きだったの」
だから、そんな痛そうな顔しないでよ。
「だけど、ね」
あの時。
アレク置いて、ユーリがあの場を離れた時、
心から思ったのは。
「あんたがいなくなっちゃう」
「それだけは嫌だって思ったの」
――これが、あたしだ。
「と、いうわけで」
くるっと目線をそらして回ってみる。
酔っぱらいの千鳥足。
そんな風に見えるように。
「とりあえず、お付き合いから」
そこからで、良かったら。
「やった~~~!!」
「うわっつ!!」
いきなり抱えあげられて、思いっきりどん引いた。
「ちょ、ちょっと! やだ!おろして! おろしてよ!」
あんた、そんなキャラじゃないでしょ!?
いっくら夜の公園だからって、通りかかる人が皆無じゃない。
こんな目立つことするようなタマじゃないでしょうが!
「さっそくだけど、明日の日曜、お前ん家行っていいか?
ご両親と、祐樹にちゃんとお前をくださいって挨拶しないと」
「はあっ!?」
なによ、それ?
「善は急げっていうだろ?
俺もいい年だし、お前だって適齢期。当然、結婚前提」
当たり前だろ。
え? 当たり前?
「そうだ、その後、俺の家にも行って」
お袋が喜ぶぞ~
「まって…! まって!まって! まてってば!」
あたしを抱きあげたまま、剛史は次から次へと予定の羅列を始めだす。
ベチン!
思わずの平手が剛史の額にジャストヒット。
「ちょっと待ちなさいよ!
いつの間に、あたし、五人の子持ちになってるの!?」
「いいじゃんか。子供は多い方が楽しいし」
「断固反対! 子供は二人!」
「え~!? 四人!」
「三人!!」
「よっしゃ! 三人な!」
それで、手、打ってやる!
あれれ…
話がよけいな方向に向かって行って、収拾がついてない?
「あのね、剛史。もっと落ち着いて…」
「え? なんだ? なんか言ったか?」
有里――
そう言って笑う剛史に、あたしは何も言えなくなる。
あたしへの気持ちを隠そうとしない顔に、
一瞬だけ、もう会えない人が映る。
――ねぇ、アレク…
一度も、あたしの言葉で話せなかった、
大好きだった人に、心の中で呼び掛ける。
――アレク。
好きだった。
本当にあなたの事が好きだった。
生きていてね――ユーリと共に。
あなたたちが、生きていてくれたらそれでいい。
どんな事が有っても、
どうか生きて、
そして、幸せになって。
もう会えない。
あたしは、もう、夢の世界へは入れない。
会えない人に、心の底から祈りを込める。
幸せに。
幸せに、なってください。
あたしも、きっと、しあわせになる。
この世界で、この現実で。
あたしはあたしなりに、精いっぱい生きていく。
ありがとう、
夢の中の大切な人。
ありがとう―――さようなら。
あなたの事を、あたしは忘れない。
一生分の片思いを抱いて、
あたしはこの人と生きていく。
これから、
ここで、
ずっと――
END




