第四十四章 暁
チリ…
チリチリチリ……
最初に戻ったのは、なぜか聴覚だった。
微かな音。
それは見る見るうちに重なり連なって、
ゴウッ……と炎が噴き出す。
鮮やかな紅の中で、乱舞する大きな影。
一人、二人…立っているものが次々と消えていく。
「無事か!?」
目の前に立つ人を見て、あたしは驚愕のあまり目を見開く。
「少し、遅いな…」
あたしたちを庇うように、目の前にいた白銀の鎧からの声。
「悪い。これでも精一杯だ…
なんて、言い訳を、お前は聞いてくれそうに、ない、な…!」
邪魔だ。
ザン!
背後の敵を振り返りざまに切り捨てて、
倒れるそれに一瞥もくれず振り返る人の顔を、あたしはよく知っている。
「ヒューバー…だん・・・」
「おっと、しゃべるな。坊主が負傷か…」
これは、借りを一つ作ったか。
ザシュ!
また一人。敵が地面に倒れ伏す。
「首都は?」
「大事ない。第一と子飼いの奴ら。掃除済みの第二で抑えた。」
かなり、ヤバかったが、な!
キインッ…!
敵の剣を弾き飛ばし、その首筋に剣先を突き入れたガイ。
引き抜いた剣の先を無造作に振るう。
炎の中、血のりが鋭く散る。
「この派手な興行は、卿の仕業か?」
「全員揃えてお出迎えって、したかったんだが、な!」
俺が間に合っただけでも、褒めてくれ。
闘いは続く。
なのに、まるで日常のようで。
あたしが、あたしに、ゆっくりと戻ってくる。
アレクが、いる。
ガイが闘ってる――アレクと一緒に。
――裏切りは…?
信じていたユーリは、
あたしは、間違って、いなかった?
「最後の最後まで、卿を疑うことのできない私を、愚かだと笑うか?」
「最初から最後まで、
お前を裏切る気のない俺と、どっこいどっこいだろうな!」
ああ・・・!
ああ、ああ、ああ…
あたしは、
何に感謝すればいいのだろう。
白銀と漆黒。
相反する二つの鎧が、燃えさかる炎を背に浮かび上がる。
お互いの背をお互いに預けて、
後ろを振り向かず、目の前の敵だけを見つめて。
ソレニアの両輪。
この二人がそろえば何も怖いものはない。
なにも恐れることはない。
あたしは、
なにも間違って、いなかった…!
気が付くと、辺りは静まっていた。
パチパチ木の焼ける音とオレンジ色の炎。
「長くは危険だ… グレル」
「御意」
いつのまにか、彼が引いていたのは二頭の馬。
「いったん引くか」
「このままでは火にまかれる危険がある。…立てるか?」
差し伸べられた手。
そう。
闘いの中、ユーリは木の下に蹲っていただけ。
「は、はい・・・!……っつ!」
いたい!
忘れたけど、怪我してた。
いや、忘れてたわけじゃない、
意識がそこに向かなくて…
「しかたないな、ほれ」
ひょいっとユーリを抱き上げて、ガイが自分の黒毛に乗せる。
間髪を入れずに自分もその後ろにまたがって。
「俺が引き受ける。お前は行けるな?」
「言われずとも」
自分の芦毛にひらりと飛び乗って、その瞬間に二頭共に走り出す。
「よく頑張ったな」
もう大丈夫だ。
背中から聞こえる声に泣きそうになる。
「いえ・・・いいえ…!」
ううん、ユーリはもう、泣いてる。
「辛いだろうが、時間が惜しい。このまま行くから耐えろ。
耐えられないなら力を抜け。落としたりはしないから」
力強い馬蹄の響きが、こんな時なのにものすごく嬉しい。
ガイがいる。
アレクがいる。
進む場所は帰る場所。
あたしは、
あたしたちは生きてる…!
ドシュ!
と、それは聞きたくない音。
悲鳴を上げて前足を上げる芦毛。
隣を走っていた馬体が消える。
白銀の体が投げ出されるのが見える。
「団長!」
「ちっ!」
走る黒毛の手綱を引き絞り、ガイがアレクのもとへ、
「アレク!」
「大事ない!」
「くそっ!伏兵か!!」
飛び降りざま、飛び出してきた敵を切り捨てたその腕で、
ガイは黒毛の馬体を強く叩いた。
「行け!」
「団長!!」
「行って、呼べ!このまま、走り続けろ!お前なら、出来る!」
「行け!」
「行くんだ… YURI!!」
――アレク!!
「頼んだ…!」
「団長!!」
叫んだ言葉は彼らの方を向いていない。
ユーリは痛む肩を庇うこともせず、黒毛の手綱を強く握りしめる。
――有里
そう聞こえたのは…?
混乱をあたしの中に残したまま、黒毛は風のように暗闇を疾走する。
早く…早く、早く!!
援軍を!
言葉に嘘がないなら、この先に援軍がいる。
急げ!急いで!!
――間に合わなくなる前に。
闇が少しずつ明るくなっていく。
周囲が見える。
援軍は…味方は…
前方!
あれは、第二の旗…!
「止まれ!」
「何者!!」
制止の声など聞こえないまま、集団の中に飛び込む。
「援軍を…!この先、団長が・・・!」
掠れて、響くことを忘れた声が届いたのかどうなのか。
止められた黒毛の上で、ゆっくり意識が溶けてゆく。
待って・・・!
まだ、待って、ユーリ・・・
落ちないで!
まだ何も、わかってない。
なにも、解決していない。
なのに――
差し込んだ太陽の光の中で、
ユーリの意識は、
あたしの混乱と焦燥を巻き込んで
何もない世界へ、落ちていった。




