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第三十四章 兆し


いない…


いない。


ぜっんぜん、いない。


いないから――会えないでしょうーが!




ここに布でもあったら、歯に挟んで思いっきり引っ張っちゃうような気分。

今日も今日とてこちらに来てしまってるのに。


会えないの… 

会えないのよ! 

こっちに日参できるようになって、

もう二週間近くになるのに、会えてない。


――アレク! 

あんた、一体なにしてんの!


最後に会ったの、いつだっけ? 

そうよ。

ユーリの父上の話をアレクがしてくれたのが一番、最後…


あれってお見合い騒動の最中だったっけ? 

え? もっと前?

一体いつから会えてない? 

季節まで、変わっちゃってるじゃん!


確かに、 忙しいって話は聞いてます。

宰相の補佐に、揉め事が解決しないままの領地。

お父上の公爵様のお具合も、なんだかすこぶるよろしくないって話だし… 


体がいくつあっても足りない。

それは認めよう。


でも、この放置状態は許せなくない?

マジであたし、キレちゃうよ?


ほら、ユーリだって、落ち込みぎみ。

この子ってば真面目だから、仕事の手抜きとかはしないけど、

なにかの拍子にため息なんかついている。


ユーリは見習とはいえアレクの従僕も兼ねていた。

第一騎士団ここにアレクがいる時は、

近くにいることが多かった。


だから、この不在はこたえる。

憧れの団長の、その姿すら見ないなんて。

近くにいる事ができた時間があるからこそ、

その不在をつらく感じちゃう。

そして思う。


アレクにとって、自分は会わなくても平気な存在なんだって。

そんな感情を、ユーリは抑えようとはしてるけれど。


――寂しい。


そう、寂しい、んだ。

ユーリは――あたしは、

すごく寂しくて、

かなしい。


ヤバい。

感情がシンクロしてる。


一応大人のあたしには、

アレクの抱える事情も、大人の社会も、わかるはずなのに。


一緒になって

誰かに訴えたくなる気持ちが抑えられない。


あたしがこっちにきちゃうのは、アレクのせいじゃないけれど。


アレクに会える。

それだけで、

不可解な状況に耐えてたんだと今更思う。


いきなりこの世界に連れてこられて、

心だけを、自分では無い違う人間の中に放り込まれて。


自分で思うように動けない。

自分の意思を生かせない。

これは、思っていた以上にあたしに対してキツいんだ。


どうしたって、割が合わない。

納得できない。


いままで、考えないようにしてたけど。


なんか改めて思い返すと、けっこう悲惨な状況なんではないですか?

他の誰とも比較できないからなんだけど、

もしかして、本来なら発狂モンじゃないのかな?


夢の間だけってことと、アレクの美貌とに思いっきり惑わされ…て…た?



責任者、

出てこい…



い、いけない、いけない! 

思考のマイナスループは、あたしにとったら鬼門よ、鬼門。

こんなこと考えるだけで、ストレスがいっぱいたまっちゃう。 

もっと、プラスに建設的に…


そう! 

アレクに今度会える日の、そのことを考えるよう。 


団長辞めたとかじゃないんだし。


日参してれば、きっと、会える。

絶対、ぜったい会えるわよ!




でも……


良く考えたら、


おかしいことがいっぱいある。

いくら忙しいからって、

あんな目立つ人を、これほどまでに見かけないって、それホント?。


王宮と領地を行ったり来たりって話だけど、

厩でもとんと見かけない。


そう言えば、お気に入りの葦毛の馬も見ていない。

直接、城の厩にでも今は置いているのかな? 

これまで奥宮に行く時でも、馬だけはこっちに置いて行ったのに。


アレクの留守は、これまでも結構あったけど、

こんなに長い間、顔さえ見せないことなんて、

誰に聞いてもなかったみたい。

そのせいか、

第一騎士団自体の雰囲気が、少し変わってしまってる。



や~だな~ こ~ゆ~の。



アレクがいないから、城下へのお使いもない。

この頃、一の郭の塀の内側しか歩いてない。

用がないなら、むやみにうろちょろ出来ないし、

ガイにも、とんと会えてない。


う~ う~ う~…


二大イケメン様にお会いできないなんて、

あたしの心のオアシス、

かえせ。


一体、どうなってるんだろう。


毎日が、単調だ。


せっかくこっちに来てるんだから、

ドキドキとか、ワクワクとか。

そういったものを、用意していただけないでしょうか?



――な~んて、ね。


そんな事を考えていたからか。


ほほほ… 

会えたんですよぉ! 

いっちばんの人じゃないけどね。


会えました。

あの方に。


「お~い、坊主!」


その声を聞いたのは、

書類を抱えて、一の郭の詰所から隊舎へ帰ろうとした時だった。

あまりに懐かしい声に、

ユーリ以上に嬉々として振り返ってしまいましたよ、あたしは!


「ヒューバー団長!」


――ガイ~~!!


うわ~ん! 

お久しぶりです~!


冬の柔らかな日差しの中、手を上げていたのは背の高いたくましい姿。


う~ん…

相変わらず良い男ねぇ… 

少し痩せたかな…? 

でも、かえって精悍さを増したような感じ。


溜息付くほどの男らしい風貌が、一層強さを増してるね。


「お久しぶりです!」


おお! ユーリの声も思いっきり弾んでる。


「どうだ? 元気だったか?」

「はい! ヒューバー団長もお元気でしたか?」

「おおよ」


重畳重畳。

ぐりぐりぐりぐり…

少し強すぎるくらいの力でユーリの頭を撫でてくるのも相変わらず。


「しばらく見ない間に、少しは背が伸びたか?」


成長期だからな~

ポンポンポン… 仕上げ、とばかりに軽く頭を叩かれる。

うう… 嬉しくなっちゃうよね。

こういうガイの明るさって癒される~


「――そうだ。そう言えばそっちの団長さんは、どうよ? 

ここのところ会ってないが、元気にやってるかい?」


何気なく聞かれた問いに、一瞬ユーリの言葉が止まる。


「――どうした? なんかあったのか?」

「いえ。この頃、すごくお忙しいらしくて………」

「会ってないのか?」

「はい」

「……どのくらい会ってない?」

「ひと月…もうすぐふた月近くになります」

「ふた月…」


長いな… 


あ、やっぱりガイもそう思う?


「そんなに長い間、そっちに顔、出してないって?」

「…はい…」


これまでだって忙しい時は一杯あった。

でも、少しの合間を見つけてでも、隊舎に顔を出していた。


だから、これって、おかしいんじゃない?


「あ、でも。

私の知らない時に、いらっしゃってるのかもしれませんが」


…なんつーか… 

真面目だね~ユーリ。

そんなことまで申告しなくてもいいと思うんだけど。


「そうか…」


腕を組み顎に右手を当てて、ガイが考え込む。

なんだか凄く深刻な顔…してる? 

貴方にそんな顔されると、

ちょっとどころか、かなり心配になってくる。


「――やはり…」


情報は確かだったか…


「――え?」


小さな小さなガイの声に、思わずその顔を見上げて息を呑む。


――何…? 


なんなの、その顔…

そんな表情、見たことない。

厳しい――

ちがう。

なんだろう…どこか冷たい… 

暗い…

これは…


「ヒューバー団長…?」


思わず呼びかけたユーリの声に、その表情は一瞬で霧散する。

向けられたのは、明るい闊達ないつも通りのガイの顔。


「まあ、そのうちにこっちからも顔、出してみるか。

お前も、会えたら一度、顔出せって伝えといてくれ」


まだ、竜酒も飲んでねぇぞってな。


そう言ってユーリの頭をまたひとつ撫でて。

踵を返すガイは、いつもと少しも変わらない。

従者から手綱を受け取って身を翻す。


「じゃあな!」


相変わらず見事な黒鹿毛にまたがって、

そのまま王都に向けて走り出していく。


――なんだったんだろう、さっきの…


その姿が、いつもと変わらなすぎるから不安になる。


なんだろう… 

なんだか、ひどく、胸騒ぎがする…



「――おい」


いきなり、後ろから掛けられた声にびっくりして振り向いた。

そこに立っていたのは門を守る役目に付いている一人の兵士。

いつも見かけるから、ユーリも顔だけは知っている人。


「今のあれ、第二騎士団のガイ・ヒューバーだろ?」


――あれって… 


あのね。

一応というかなんというか。

この場合、相手は目上ではないのかな? 

いくら本人がもういないとはいえ、

その言い方はどうなのよ。


「はい。そうですが」

「お前、あれだろ? この中にある、第一騎士団の小僧っこだろ? 

だったら、奴にあんまりなれなれしくしない方が良いんじゃないのか?」


妙に上から目線の言葉に、虚を突かれた。


「え…?」


確かにユーリは第一騎士団の従僕だけど。

馴れ馴れしくって… 

だって、元々二つの騎士団は、団長同士すごく仲が…


「なんだ、お前、知らないのか? 

ガイ・ヒューバーって言ったら今…」

「――おい!」


いきなり、一緒に居た少し年配の兵士が思わずって形で止めに入る。


「止めろ! それ以上口に出すな!」

「え~? だって、先輩…」

「し~! めったなことを口にするな! ここは城内だぞ!

変な事が上役の耳に入って見ろ!

こっちの首が飛ぶぞ!自重しろ!」


――首が飛ぶ? 変な事? 


「……あの、めったなことって…」

「いや、気にすんなよ、坊主。ただの他愛のない噂話さね」

「…」


そんな、思いっきり引きつったような顔で笑われると、

かえって気に、なるでしょう…?


…なに?

いったい、この空気は何?


「ほらほら! 仕事の途中だろ? 

坊主も早く帰んなよ。

遅くなって、上の奴にげんこつくらってもしらねぇぞ」

「あ! は、はい!」


我に返ったように、慌ててぺこりと頭を一つ下げて、

ユーリはバタバタと走り出す。


切り替えられた意識の中、彼の視線はもう前方だけに向けられて、

あたしには背後を見ることができない。



ユーリ。

ねぇ、ユーリ。


振り向いて。

もう少し、何か聞いてみて。


君は、気にならないの? 

この変な空気が気にならないの?


さっきのガイの表情。

門番さんの言いたかった事。


変でしょう? 

変だよね。

言ってくれないから、教えてくれないから、

気にしたってしょうがない。

確かに仕方がないことだけど。


とても――とても、大事な事を聞き逃してしまったような気がして、

後ろ髪が引かれてしまうのは、

ただのあたしの気のせいなの?


何かがおかしい。


何がいったいおかしいんだ。


走るユーリの意識の中で、あたしは不安を抱きしめる。


それが現実にならないように。







――嫌なことなんて、考えなきゃよかった。


ユーリの耳に飛び込んできたのは、信じられない話。


『王都内に、反乱の兆しあり』


その首謀者として人々の口に上ったのは、

あまりにも理解しがたい人物の名前だった。






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