表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/48

第三十二章 あたしと剛史とお見合いとー終点


大きく、溜息一つ。

吐き出して西條さんは言葉を紡ぐ。


「――つくづく正直な人ですね、貴女は」


最後に、思いきり僕を持ち上げますか?


――いえ、持ち上げてなんかいませんが。


「だって、本当に西條さんは素敵な人ですよ?」


あたしですら、思わず惹かれてしまうほど。


「最後の最後まで褒め殺しですか」


全く貴女って人は…

何とも表現のしようのない、西條さんのその表情。


わかってくれた? 

理解してくれた? 

あたし自身ですら、まだごちゃごちゃなままのこの気持ち。


「……僕も、結構いい加減な気持ちでいましたからね… 

このお見合いに関しては、もう、かまいませんよ」

「…え、あの、怒ってません?」

「怒るなんてとんでもない。 実はこちらにも少し事情がありまして…」


事情…?


「この件に関してはおあいこです。

お互い水に流すってことでどうですか?」

「あ、ありがとうございます!」


もう一度、深々と頭を下げる。

ああ、よかった。

これで、ともかく第一関門は突破したぞ。

後はおばさんをなんとかなだめて…と、暢気に考え出したあたしの手を、いきなり西條さんが握ってきた。


「へ…?」


なんなんでしょう、この手は…


「あの…」

「はい?」

「えっと、手…」

「ああ。やはり、

しっかり目を見てお願いしないと、と思いまして」


目を見てって…

手なんか握らなくても、良くないですか?


「こ、これは、少し、近すぎませんか…?」

「意中の女性を口説くのですから、このぐらいの距離は妥当でしょう」


にっこり。


近い!

近すぎる! 

意中だか何だか知らないが――え? 意中?


「ええ~~~!」


驚天動地、意味不明。

だって、

だってだってだって――!


「さ、西條さん! あのですね!」

「はい?」

「さっきから、あたしの話聞いてくれてましたよね?」

「ええ。

しっかりと、聞かせていただいてますよ」


にっこりにこにこ。

握った手を離さないまま西條さんは笑ってるけど。


「だから! お見合いはなかった事にするって…」

「ええ。それは構いませんよ。

なかった事でお互い様――でしたよね」


――そう! そうなったはずですが?


「実は、先ほどからのたち振る舞いを拝見して、

正直拾いものかなと思って、お付き合いを申し込もうと思ってたんです」

「は?」

「お話をいろいろ伺って――貴女に、興味を持ったと言ったら?」

「へ?」

「謝ってなどいただかなくていいですから。

その代わりに、僕と結婚して欲しいって言ったら、どうします?」

「はあ…?」


結、婚…?


今、結婚、とかって言いました…? 


え?

だって、あたし、そのつもりがないからこうして謝ってる訳で…

え?なに、興味? 

え?え? あたし?


それは、完全に、本末転倒な話では?!


「ちょっと、あんた、何言ってんだよ!」


うろたえまくって身動きとれないでいるあたしの手を、

まだ、傍にいた剛史が思いっきり西條さんからひきはがす。

痛…いけど、ちょっと今回はありがたい。


「――って、なんであんたが握ってんのよ」

「へ?それはその、だってよ…」

「いいから、とっとと離しなさい。あんたも近いよ」


しっしっ!とまでは言わないけれど、

きちんと剛史からも距離を取ってしっかり自分の足で立つ。


よし。

落ち着いたぞ。


「どういう事ですか?」


とりあえず話を聞こう。

西條さんは、こんなことで冗談を言うような人ではないはずだ。


視線を合わせ向き合うと、そんなあたしの様子に彼は綺麗に微笑んだ。


にっこりでは無い。

何かを認めたような笑み。


「実を言いますと、僕は二ヶ月後にインドへ出向することになってます」

「はあ?」


インド!?


「僕も年が年なので、

その前に結婚を…って周りが焦りましてね」


ははは…って…

はははって、爽やかに笑わないで。


インド? 

インドって、日本じゃないよね… 

え?海外?

あれ?なんかおかしいぞ?

お見合いしたんだよね。

上手く言ったら結婚するんでしょ?


「いきなり単身赴任ですか?」

「…新婚でそれやったら、問題でしょう?」

「はあ、そうですね」


つまり、夫婦は一緒に暮らすってこと。

あれ…? 

だって、そのインドって話は本決まりなんでしょ?

じゃあ、一緒にインドに行くってこと… 

え?え?え? 

だって、それ… おかしいじゃない。

そんなことになったなら、


「仕事、続けてらんないじゃん…」


続けても大丈夫って話だったよね。

聞いてた話と違うぞ。

あれ? 

じゃ、さっき言ってた『事情』ってまさか…


「ええ、そうなんです。

まあ、なんだか、結婚してしまえばこっちのものと言うか… 

とりあえず婚約だけでもとか、周囲が焦りましてね。

 

 あんまり煩いんで、僕も会うだけは会ってみようかなんて…

 失礼な事をしました。申し訳ない」


そう言って、西條さんは頭を下げる。


「え? あの! そんな! あの! いいえ! その!」


だってだって、


「あ、あたしだって、いい加減だったんです。 

だから、西條さんに謝っていただくようなことなんか、

これっぽっちもないっていうか…」


そうよ。

あたしだって、その気も無いのに来たんだもの。


でも、そうか~ 

西條さんにも事情があった訳で…―― 

少しだけ、あたしの気持が軽くなる。


良い人だな~西條さん。

黙っていても良かったことなのに、

きちんとあたしに話してくれて…


だからこそ、この人に頭下げられるなんて落ち着かない! 

おろおろとするあたしの様子に、

西條さんは頭をあげて、静かに微笑んでくれる。


――あ… いいな…


その微笑みは今までの、どこか癖のあったにっこりじゃない。

本当の彼の心からの笑みだとわかるから、

思わず見惚れてしまったぐらい。


「隠し事はお互いです。

あなたは仕事をむやみに放り出す様な人じゃない―― 

そうですね?」


こっくり。

頷く事であたしは返事に変える。


辞めない。今は辞めたくない。

彼のように凄い仕事じゃなくても、給料だってそんなに高くなかっても。


今の仕事はあたしの仕事だ。

あたしが自分でえらんだ仕事だ。

あたしにも、きちんとなすべき責任がある。

あるのだと思いたい。そう信じてやってきた。

その事を、仕事への責任を、この人はちゃんと理解してくれている。


「ですから、二年」

「え?」

「二年、待ちます」

「……二年、ですか?」

「二年後、僕が日本へ帰って来た時。

その時あなたが独身で、

あなたの、その片思いとやらに決着がつけられていたら、

つきあっていただけますか? 結婚を前提として」



――言われた意味が、正直頭で理解できない…



「…冗談、ですね…?」

「失礼な。本気ですよ」

「…あなたみたいにモテそうなタイプが、

あたしなんぞに言うセリフじゃないですよ?」

「周りが言うほどモテませんよ、僕は」

「その顔でにっこり笑っておっしゃられても、

信用なんて出来かねますが…」

「その顔ってどんな顔です?」

「思いっきり腹黒そうなモテる顔です」


その途端、西條さんは思いっきり噴き出した。

え?

ここ、笑うとこですか?


「いや、失礼…」


あの… おなか抱えてまで、笑うことないと思うんですが…


笑いながら謝ったって… 

――だから、信用できないって。


「ますます、気に入りました」


やっとその発作を押さえて、

真正面からあたしを見て西條さんは言葉を続ける。


「神戸有里さん。二年です。

猶予期間を二年差し上げます。

僕が帰国して、その時あなたがまだフリーなら、

ぜひ、僕と付き合って下さい」



………だれか、あたしに思考能力をください…



「……えっと…冗談…」

「何度も同じことを言わないように」

「えっと… 確認して、良いですか? 

誰が、誰を待つとおっしゃいました?」

「ですから、僕があなたを待ちます」



あなたが、その恋を思い切るまで。



僕は本気ですよ。



    ――頼むから、冗談にしておいてください…




でも、


なんで、だろう。


その時、あたしは、信じちゃった。

本当に信じたのだ、


――西條さんが本気である事を。




「さて… そろそろ、報告に帰らないといけないようですね」


西條さんの声に我に返る。


「僕が先に行って叱られてきますね。

どう考えてもこちらの方が約束違反の罪は重そうですし」


こんな時、恥をかくのは男の役目ですから。


――西條さん…


まったく、最後の最後まで、あなたってひとは…


「――待って… 待ってください!」


そのまま、軽く会釈をして去って行きそうになる彼を引き止める。

焦った気持ちのまま、あたしは彼の背広の端を思いっきり掴む。


「待って…!それじゃ…」


それはあまりにも不公平だ。

もし、西條さんが本気なら――

本気だと、なぜか信じられるけど。



本気なら尚更、このまま行かせちゃいけない…!



「その条件だと、一方的にあたしの方がメリットあり過ぎます!

お互いってことで、お願いします!」



西條さんの背広の裾を握ったまま、あたしは大声を出していた。



「……お互い…ですか?」

「はい! 二年って西條さんが言うなら二年―― 

その二年後、その時、あたしがフリーで、 

て、言うか、あたしは多分フリーだと思うんですが! 

あなたも… 

あなたにもその間に、大事な人が出来なかったら…」


ああもう、どう言ったらいいんだろう。

言葉が、

言いたい事を伝える為の語彙が思い浮かばない。


少しだけ不審そうな顔をしてあたしを見るこの人の、

その思いやりにちゃんと応えたいと思うから――


「あたしは… 

あたしは、きっと、あなたに縛られないと思うから! 

あたしはあなたとの約束に、縛られないで生きていきたいから。

あなたも、あたしに縛られないで自由に生きてください!」



言葉で、縛っちゃいけない。


あなたを縛りつける権利なんて、あたしには無い。



「そして、どうか、もっともっと素敵な人を―― 

あなたに、一番ふさわしい人を見つけてください!」

「有里さん…」


それは、あたしかもしれない。

けれど、あたしではないかもしれない。

その可能性を潰さないで。


誰よりも、西條さんが、好きになれる人を。


「それで、もし、二年たって、見つからなかったなら…」


もし、お互いに、大切な誰かを見つけられなかったとしたら。


「もう一度…」

「もう一度?」



「お見合いから始めましょう!!」



一瞬、水鉄砲をくらったみたいに西條さんの顔があっけに取られて…

 次の瞬間、思い切り爆笑される。


……なんだかな~… 


別にあたし、受けを狙った訳じゃないんだけど。


本気に本気で返しただけでしょ? 

案外、笑い上戸ですか? 

そうやってる笑い顔の方が、読めない時の笑顔より素敵だと思うけどね。


「敵いませんね、あなたには…」


くっくっくっ…と、本当に楽しそうな笑い声を耐えながら、

改めて西條さんがあたしと向き合う。


握りしめていた裾から手をそっと、持ち上げられ、右手と右手――

まるで、親友同士のような握手をあたしたちは交わす。


「いいでしょう。

二年後、僕が帰国した時、

あなたと、そして僕が、

お互いにまだ、大切な誰かを見つけられなかった時―― 

その時は、また、お見合いから始めましょう」



――ああ、いい顔だ。



やっぱり、この人、すっごい好み。


この人にこれだけの事、言ってもらえるなんて、

こういうの、女冥利に尽きるって言うのかしら。


あたしも、捨てたもんじゃないって

思ってしまってもいいわよね?


「二年後、楽しみにしていてくださいね」


右手をかたく握りしめた状態で、西條さんがにたりと笑う。

また…そんな顔して。

表情、隠さなくなってませんか?

――その方が、らしくっていいですけど。


「その時までに、僕はもっといい男になりますよ」


覚悟しておいてください。


…うわっ… 

すっごい自信。


まあ、それでこそって感じだけど。


「そっちこそ。覚悟しておいてくださいね」


だから、あたしもにっこり笑ってやる。


「あたし、これから、もっともっと、カッコ良くなって見せますから」

「――は?」

「あたしの理想は、カッコいいって言われるような女なんです。

そこは譲りませんから」


――また、爆笑。


……あたしは、心から真面目に言ってるんだけどな…


「いいですね。カッコいい女」


楽しみにしてます。


そう言って握った手に一瞬だけ強く力を込めて、

西條さんはあたしの手を放し、踵を返して歩きだす。


今度は、あたしも引き留めないし彼も振り向かない。





「――いいのかよ…」


真横で、ぼそっと呟かれた声に我に返る。


「…剛史…」


なによ、あんたまだいたの?


「…もったいないことしたな…」

「なに?」

「上玉だぞ、あの男」

「ぶっ壊すのに一役買っといて何を言う」

「…」

「でも、来てくれてよかったかも」

「え?」

「あたし、あ~んな巨大な猫、かぶったまんまで、結婚なんて無理だもの。

取り繕って、後でぼろが出るより、

最初っからわかって良かったんじゃない? あの人にとっても」


これも本音。

もともと、上手に猫、被り続ける自信なんてない。


「…かえって気にいられやがって」

「あら。あれって、単なる社交辞令でしょ? 

でも、二年後にあんな良い男が迎えに来てくれるかもって思うと

これはこれで張り合いよね。

すごく、得した気分」


うん。本当にすごくすごく得した感じ。

こんな出会いがあるのなら、

お見合いも捨てたもんじゃないかもね。


「――お前さ…」

「なに?」

「あのさ…」

「だから、何よ」

「……好きな奴って、前、言ってた奴か?」

「――うん」


やっぱり、覚えてるよね。


「うん。そうだよ」


あたしの中にいるたった一人の好きな人。

やっぱり、どうしたって忘れない。

忘れられない。

大好きな――あたしの大好きな人。


「でも本当にどうしようもないからね。

諦められるまでは好きでいるよ」


最初からわかっていたことだから。


「…諦めるなよ」

「え?」

「そんな簡単にあきらめるなよ」

「たけ…」

「好きなんだろ? そんだけ好きになったんだろ?」


だったら、諦めるな。


――なんで、今、そんなこと言うかな…


「無理」

「無理じゃねぇ」

「駄目」

「駄目じゃねぇ!」

「…絶対に、無理だよ…」

「世の中に、絶対なんてありゃしねぇよ!」

「……ばか…」


なんだか、泣きそうになって視線を逸らす。

絶対なんかない――うん。そう思えたらいいんだけど…


「でもね、『絶対』無理、なんだ…」


振り向いて笑ってみる。

でも、好き。

それでも好きになった。


「なんで…」

「うん?」

「なんでだよ…」


小さな、小さすぎる声。

剛史… なんで、あんたの方が苦しそうなの。


「だって、こんなに、誰かを好きになったこと、ないんだもん」


こんなに、自分を好きでいたことがない。


「いつか、諦めるよ。でも、それまでは好きでいたい」


思う、この気持ちだけは本物だから。


「こうやって、開き直れただけでもお見合いした甲斐が有ったかな~」


色々、変な人間まで巻き込んじゃったりもしたけどね。



「さ~て、光子おばさんに怒られに行くとするか」


どう言おう? 


……って、ちょっと待て! 

先に西條さん行っちゃったよね。


わ~ん! どんな説明してんだろ!?

『こんな時恥かくのは男の役目』だなんて、

カッコいいセリフにクラっときてスルーしちゃったけど… 

あの人、結構面白がりみたいなんだよね。


――やだ! 怖い!


思わず顔を青ざめさせたら、

あたしの前に剛史がすっと入ってくる。

まるで、前から来る何かからあたしを庇うように。


「一緒に行く」

「――なんで?」


あんた、関係ないじゃん。


「引っ掻き廻した責任はあるから… それに…」


その後、剛史が呟いた言葉は、小さ過ぎてあたしには届かない。


「それに、なに?」

「いや、いい」


首を振った剛史の視線の先に目をやれば、少しだけ暗い空。

鮮やかな夕焼け。

もう、一日が終わる。


「――さ~て、明日も仕事か~ 

 あ~あ、やんなっちゃうね~」


もう一日くらい、休みたかったな~


「あんた、明日何時から?」

「…俺、今晩から夜勤…」

「げ…」


や、夜勤? 


「あんた、一体何してんのよ、こんなトコで!」


唯でさえハードワークだっていうのに!


「さっさと帰って少しでも寝る! 医者の不養生、地でいきたいの!」


思わず剛史の腕を掴んで引っ張って歩き出す――

くいっ…

あれ? 動かない。


「なに?」

「…」

「なんなの?」

「あのさ…」


なに?


「に、似合ってる…」


は…?


「服、似合ってるから…」



――そっぽ向いたままで、いうことですか、それ…



「ありがと。あんたもね」

「?」

「案外、似合ってるわね、スーツも」


うん。少しだけ男ぶりが上がってる。


「今度、その格好で仕事してみたら?

また一層もてもてになるわよ、きっと」


ああ、真由美に見せたい。


「…褒めてないな…」

「失礼な。ちゃんと似合ってるって言ってるじゃない」

「褒められた気がしない」

「なんかいちいち突っかかるわね。なんか文句ある?」

「ありまくる」

「――むっか~~~!! 相変わらず腹立つわね、あんた」

「鈍すぎる奴に言われたくない」

「なによ!」

「なんだよ!」



一番星が輝きだした空の下。



あたしたちは、日常へ帰る為に、歩き出した。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ