第三十一章 あたしと剛史とお見合いとー進展
秋の日が映える日本庭園。
目に付く所に人の気配が無い事が、
勿体ないような素晴らしいロケーション。
滅茶苦茶好みのデキる男と二人きりでいたはずなのに、
腕引っ張られてぶつかって、
見上げた先に、
余りにも見知った顔。
――剛史…
「なんで、こんなところに、いんの?」
思わず口をついて出た言葉には、何の含みも無いんだけど。
「お前こそ、なにやってんだよ!」
「何って…」
え~と…何…?
なんだっけ…?
なんか、ちょっと、
脳が許容量オーバーみたいで…
それというのも、目の前。
すぐ近くにいる剛史が、一瞬奴だと理解できなかったからかも。
「スーツ…」
「は?」
「初めて見たかも…」
口に出してみて納得する。
そうよ、スーツ。
剛史ってば、スーツなんて着て。
色は少し薄めのグレー。
縦にストライプが目立たないように入ってて。
シャツは白…
無難だけど、やっぱりシャツは白よね。
目の前にネクタイ。
紺と赤の斜めストライプ。
きっちり第一ボタンまで嵌めて。
…ん?
第一ボタン?
なんで、そんなとこまでこんなにはっきり見える訳?
見上げた目線。
そういや、なんかにぶつかったんだっけ。
ぶつかった…
そこから動いてないよね、あたし…
改めて視線を水平に。
はい。目の前には剛史のネクタイ。
細かいストライプの一本一本までがはっきり見える…
見える?
見える…っていうか、
なんで、剛史以外が見えないの?
でもって、少しだけ痛い左腕は、でっかい掌に握られて…
「う…わ~~~~~~~っ!!!」
どん!
思いきり。
そう、思いっきりそのネクタイごと目の前の壁を突き飛ばす。
「わわわ!!」
掴んでいたあたしの腕をはなして、剛史がのけぞる。
――ちっ!
たたら踏んだだけで、倒れもしねーのかよ、こんちくしょう!
「なんで、あんたがいるのよ!」
「なんでって、そりゃこっちのセリフだろうが!
こんなトコでなにやってる!?」
「あたしゃ、見合いだ!」
「そんなこたーわかってる!
なんで、ここにいるのかって聞いてんだ!」
「こんなトコもあんなトコも知るもんか!
なんであんたにそんな事、断んなきゃいけないの!」
あたしがあたしのしたいようにして何が悪い。
「あたしがどこで何やってようが、あんたに関係あんのかい!」
「あるにきまってるだろーが!」
「ない!」
「ある!」
「ない!!」
あるわけないだろう!!
「しつっこいわね!なんなのよ!
こんなとこまで来てケンカ売る気?
――上等じゃない。いっくらでも買ってあげるわよ! 表出ろ!」
「どこの姉さんのセリフだよ! TPOも分かってないのか!」
「あんたに言われる筋合いない!」
「ある!」
「ない!」
「あるんだよ!ばか!」
ああもう!なんなのよ!
いっつも以上にわかんない。
「だから!
あんたにバカバカ言われる筋合いなんぞ、これっぽっちもないでしょが!
あんた一体何様のつもり?
あんたはあたしのかーさんでも、にーさんでもないでしょうが!」
と啖呵を切ったら、
剛史の奴、ぐっと詰まって唇かんで…
「確かに、俺はお前の家族なんかじゃないけどな…」
「おうよ」
「だからって、なんだってこんな野郎に迫られてんだ! ばかやろう!」
――と、大声と同時に、ビシッ!とばかりに剛史が指をさしたのは、
体三つ分ぐらい離れた場所に立つ人影。
お前、ひとさまを指さすなんて、何て失礼な!
「こんな野郎って、なんて事言うのよ!失礼だろうが!
第一、この人は…」
――この人…?
えっと…
誰だっけ…?
この人は…
あれ…?
ここに、あたしたち以外に、
確か一人、いなかった…かな…?
希望的観測を願いながら、そーっと振り返ってみる。
目に映ったのは、呆気にとられた西條さんの顔。
あ、これ、すごくレアかも…
――いや、そうじゃない。
えっ~~と……
「見て、ました…?」
……てへっ!見られちゃった!――じゃねぇよ!!
思わずそらせた目線を、恐る恐る戻して見ると…
にっこり。
ああ、何て極上の… 怖いです。その笑顔!
化けの皮が…
あたしの猫が~!
バカバカバカ!
あたしのバカ!
せっかく、こんな服まで着てんのに…
あたしが悪い? ――ううん! あたしだけのせいじゃない!
剛史の…剛史の…
「剛史のばか~~~!!」
――今さら吠えても、しょーがない…
ばれた。
ばれました。
すっかり化けの皮がはがれました。
誰のせい?
「…おまえだよ…」
「あん?」
まだ、横に立ったままの剛史が、あたしの独り言に反応する。
「あっち行ってよ、このおバカ」
「なんだよ、お前はさっきから」
「それはあたしのセリフでしょうが」
どーしてくれんのよ、この始末。
完全にアウト。
絶対にパー。
せっかくのド、ストライク物件――
いやいや、断る…と言うか、このまま成功させるつもりはなかったけど。
でも――
でも、ですよ?
あたしは思いっきり小心者なんだ。
場をぶっ壊すとか、TPOを無視しまくるとか、
絶対できない性格なんだ。
なのに、なんだって、こんなとこで、
こいつといつもの舌戦、
繰り広げる羽目になってんの?
――そーですよ、
あたしが悪い!
売り言葉に、つい、買い言葉で返してしまうこの性格が悪いんだ。
あああ…もう、本当にどうしよう…
おばさんに、どういう風に言い訳すりゃいいんだか…
結婚なんて、はなからする気なんてなかったけどさ。
本来ならもうちっと、こう、なだらかに?
こう、穏やか~に和やかに、
『おーしまい』ってしたかったのに…
思わず大きくため息一つ。
まあ、もうこうなったらしかたない、か。
今さら、何を隠しても。
うん。ここは、思いっきり開き直ってしまおうか。
「西條さん!」
「はい」
「あの…!」
「はい?」
斜め向いてた体を回し、正面から西條さんに正対する。
穏やかそうな顔――
でも、この人は見た目のままの人じゃない。
「ごめんなさい!
このお見合い、なかったことにしてください!」
言葉と共に、思いっきり頭を下げる。
「…それは、そちらの方が原因ですか?」
「は?そちら?」
そちら――って、剛史?
「い、いや、違う! 違います!」
まさかと思うけど、これとなんか関係あるとかって思われてる?
「これは、
えっと、なんでここにいるのか知らないんですが。
ただの知り合いというか、腐れ縁というかなんで。
もう、無視しちゃってやってください」
そこは、絶対に誤解してほしくないから全否定。
「おい!」
剛史の声が跳ね上がるけど、今は見ない、気にしない。
「お知り合い?」
「まあ、兄のですね、友達で。
あたしの同僚でもあるんですが…
――とにかく、奴は関係ないので、
この際どうか丸無視の方向でお願いします」
きっぱりはっきり。
おまけに奴なんて言っちゃってるよ、あたしってば。
ま、いいか。言われた本人自業自得。
「……おい…」
今度はなんだか小さい声で。
なんか聞こえたような気もするが、
幻聴よね。ええ、きっと。
今、それどこじゃないからね。
逸れた話を戻すように、
あたしは西條さんの目を真っ直ぐに見直して、改めて大きく息を吸う。
「ご覧になっちゃった通りです。
あたしはがさつで、口が悪くて…
本当に、今、見たまんまの人間です。
さっきまであたし、ねこ、かぶってました」
きっぱりと言い切ると、度胸が付く。
「…正直な人ですね…」
真剣に正直に――今のあたしには、きっとそれしか出来ないし。
「あたし、最初から、このお見合いはお断りするつもりで受けてます。
――と言うよりむしろ、
お断りしていただければ嬉しいかな~なんて、
勝手な気持ちでいたんです」
ほんとに、勝手だ。
言葉に出してそう思う。
自分の望む事を相手にさせようとした。
自分が悪者にならないままですむなんて、都合のいい事考えた。
「あたし、結婚ってまだ、考えてなくて。
でも、もう二十五だし。男っ気も本当にないんで、
周囲が心配しまくるんですよね。このままだと、嫁き遅れるって」
嫁き遅れって年でもないと思うんだけど。
まあ、何よりもの心配は、あたしのこの男っ気の無さだろう。
でもね、でも…
どうしても譲れないものもちゃんとある。
「あたし、今、絶賛片思い中なんです」
「は…?」
いきなりの宣言に、またまた呆気にとられた様な西條さん。
あっは。もういい。もう言っちゃおう。
「……片思い?」
「はい」
「もう既にお相手がいるとかではなく?」
「はい」
「そちらの方…」
「だから! これは違いますってば!」
ああもう、『これ』扱いで良いや。
なんか横でぶつぶつぶつぶつ言ってるけど、
そんなもん知った事か。
こんなとこに、顔出すあんたが悪い!
「片思い…ですか…」
なんだか釈然としないって顔かな?
うん。確かにね。
片思いでお見合い断るって、本当だったらありえない。
「その人の為に、結婚はしないということですか?」
「え~と… はい」
「きちんと、その方に気持ちを伝えたんですか?」
「あ、それ、無理なんで」
「無理?」
「相手は、あたしの存在すら知りませんから」
西條さん、今度こそ絶句…って感じかな?
この顔もレアだね。
変に造ってる感が無いから、あたしはこの人のこーゆー顔、すきだなあ。
本音が少しだけ垣間見えて面白い。
――なんて言ったら、怒られるかも知んないけど。
「それって、変じゃないですか?
好きならちゃんと気持ちを伝えるとか気付いてもらうとか…」
あっと、やっぱりそう来るか。
「だから、それが無理なんですってば」
気付くも何も、直接には会ってすらいないんだよね。
「……」
あれ… なんか不審そう…
まあ、そうだよね。
こんな話、まともに聞いてくれるとは思ってなんていないけど。
「詳しく…こう、状態を説明するのって、
いろいろややこしくてできないんですが。
打ち明けるとか伝えるとか、無理なんです。
絶対に叶いっこないって最初から分かってて」
ああもうホントにもどかしい。
本当の事を話しても、きっと、誰にも理解なんてされないもの。
思い出すあの世界。
銀の髪に紫の瞳。
風の音も、日の光も、撫でられた手の感覚すらも本物なのに――
唯一つ『あたし』はそこに存在しない。
でも好きで。
本当に好きになって。
気持ちだけは本物だから、伝えたい。
正直に、真剣に。
この人には、そうすべきだと思うから。
「あたし、あの人を好きな自分がすごくいとおしい」
最後のつぶやきは、声に出しているつもりなんて無い。
こんなに…
こんなに自分が、誰かを好きになれるなんて、思ってもみなかった。
アレクに出会うまでのあたしは、
ゆったりとした時間の中に住んでいて。
緩やかに穏やかに、このまま恋愛なんてしないで一生を送ると思ってた。
結婚は確かにしたいけど、
自分は恋なんて、
きっとしないと思ってた。
「だから、今のこの気持ちをあたしは大事にしたい。
自分で納得がいくまで、この気持ちと付き合っていきたいんです」
本当は、こんなもの、恋愛なんて言えやしない。
唯の片思い――それにすら、なっていないと言われるかも知れない。
けれど。
「あたしは、今の自分がすごく好きです」
今まで過ごしてきた時間の中で、
今の自分が、一番あたしには愛おしい。
「こんな気持ちのままでお見合いしちゃったこと、本当にごめんなさい。
絶対に叶わないって分かってたから、やっぱり少しだけ痛くって。
現実を見て、気持ちを切り替えようなんてズルいこと考えてました。
本当にごめんなさい」
言葉に出してみて、改めてそれが自分の本音だと悟る。
――そう。
本当は少しだけ考えた。
実りのない気持ちを、抱えてやって行くのはやっぱりきつい。
恋愛とかはありえなくても、
もしかしたらあたしを見てくれる人が、いるのかもって考えた。
そんな人が居るのなら、アレクの事も吹っ切れるか思ったから。
でも。
「西條さん、素敵過ぎるから、
やっぱりあたしなんかにはもったいないです」
この人は、こんないい加減なことに付き合わせていい人じゃない。
だから、目を逸らさずに真っ直ぐに。
それであたしの気持が、全部伝わるとは思わないけど。
でも、分かってほしい。
貴方は凄い。
決して貴方を軽んじたりした訳ではないんだと、
それだけは分かってほしい。
これすらも、
あたしの勝手な感情でしかない、けれど。




