第三十章 あたしと剛史とお見合いとー急転
――かっぽ~~ん……
なんか、二時間ドラマでおなじみに音がする。
たしか、鹿威しって言ったよね。
どこにあるんだろ…
かっぽ~~ん…
なんとも、間の抜けたこの音で、本当にライオンが逃げるのかな…?
いや、ライオンって、日本にライオンはいないし。
シシはししでも、鹿の事だったよね、たしか。
かっぽ~~ん……
……あたしの現実逃避も、だんだん堂に入ってきたぞ。
「少し、砂利道になりますが、足元大丈夫ですか?」
「あ、はい」
砂利道とはいえ、大きな石が配置良く並んでいて、
その上がなだらかに削られて、歩きやすくなっている。
ここを歩けってことよね。
この程度なら慣れないヒールでも大丈夫。
「晴れてよかったです」
「はい?」
「雨が降っていたら、こんな風に外に出ることはできないでしょう?」
「はあ…」
「あのままでは、お互い気づまりですし。
佐々木さんは良い方ですが、
目上の方々が一緒では、ゆっくりお話も出来ませんしね」
にっこり。
その微笑みは、反則です。
「慣れてないの、わかります…?」
「あなただけではありませんから」
僕も慣れないので…
少しだけ困ったような顔が、なおさら年齢を忘れさせる。
「付き合わせて申し訳ありません」
「い、いえ、実際助かりました。ありがとうございます!」
『このギャップに、やられちゃうんですよ』
――そうか、これか。
これが、彼の持つギャップの魅力って訳ね。
あたしの緊張が少しだけ緩む。
かといって、この人と二人っきりって…
さて、何を話せばよいのやら。
「え~と、あの…」
「はい?」
「西條さんは、その…」
口に出したはいいが…
何が聞きたいんだっけ?
一番に聞きたいことはあるけれど、
それを聞いてしまうのは、やっぱり、あまりにも不躾って奴だと思う。
「なんでも、聞いていただいていいですよ」
あたしを覗きこむようにしてまた、にっこり――
どきっ…!
――と、してしまったではないですか!
思わず視線を反らせてしまう。
ああ、態度悪いな~とは思うけど、くすくすとした笑い声が響くから、
もう、そのままでいいやって思っちゃう。
――ああ、心臓に悪い…
うう~やばい。
ああ、やばい。
あたしってば、どきどきしてる。
絶対、顔、赤くなってる!
知っててやってる?
この人ってばわかっててやってない?
なんて人… 敵ながらあっぱれ?――って、敵じゃないし!
味方でも無いけどさ。
いや、もう本当に、この西條敦也さんって方。
初見の背中からわかってたけど、
何とも言えない雰囲気があるんだよね。
イケメン…では無いの。
そんな風に表現できる、華やかなものは持ってらっしゃらない。
顔立ちはどちらかと言えば地味な方(人の事言えたりなんかしないんだけど)
背だって高くない。
正直、顔とか背とかだけだったら、
アレクを例に出すまでも無く、剛史あたりを持ってきたとしても、
十二分に勝ち目は有るんじゃないかと思う――腹はたつが。
でもこの人の、何とも言えない雰囲気には、
剛史じゃ勝ち目はまったくない。
きっと写真なんかではわからない、
なんと言うか、『デキる男』のオーラとでもいうのかな?
それが押しつけがましくないから、またすごい。
からかってるようで、相手を不快にさせない。
相手の事を考えているようで、
決して自分から意識をよそへ向けさせない。
大人で、それでいてどこか子供めいて。
これ、天然でやってる?
もし、わかってやってたら…
天性のひとたらしって、こんな感じかな。
この人に口説かれて、「いいえ」と言えるなんて、
なんだか、本当にいなさそう…
営業さんってみんなこんな感じなのかなぁ…
もしかして、あたしの人生経験が足りないだけ?
初めて会った人にこんな風にふら~となっちゃうなんて…
――いやいや、なってないし!
ふらっとなんて、してないし!
いっくら、好み、どんぴしゃだからって、
それだけでふらっ…と… なんて、
……してな…いはず。
うん。きっと。
頑張れ自分。負けるなあたし。
当初の目的を思い出せ!――って、目的…?
えっと、目的ってなんだっけ…?
結婚。
そうよ、結婚よ。
あたし、まだ、結婚なんて、本当に、する気、ない!
西條さんが、めちゃくちゃ好みの良い男だからって、
世間的に見ても、絶対お勧めの優良物件だからって――
あたしが、今好きなのはアレクだし!
アレク以上に好きになるなんて、ありえない!
ここは、流されちゃいかんだろう!
「――西條さんはどうして、お見合いなんかされたんですか?」
少しだけ驚いた顔 。
「…これはまた、根本的な質問ですね」
呆れてる?怒ってる?
え~い! 全然読めないわ!
でもね、もう、こうなったら、不躾だろうがなんだろうが聞いてやる。
だって、これだけの良い男だよ?
普通だったら見合いなんかしなくても、
女の人の一人や二人、自分で捕まえるんじゃない?
そんな人がお見合いに出てくるなんて、よく考えたら怪しすぎる。
あたしはともかく、
この人には、メリットがあまりにも無さ過ぎる。
「そっくりそのままの質問を、あなたに返しましょうか?」
うわ~~~~……
笑いながら言いきったよ、この人。
これって、腹の探り合い?
それってあたし好みじゃない。
「あたしは自分を知ってます」
だから、もうどきっぱり言い切ってやる。
言いたくないけどこの年まで男っ気なしで来た、
おばさん泣かせの有里ちゃんだもん。
あたしはあたしを知ってるからね。
だからって、無理やり結婚したい訳でもない。
それなりに夢もあんだよ、あたしにも。
「おやおや…それはまた…」
クスッ…
その、小さな笑いはどういう意味?
「僕はどんなふうに思われてるんですか?」
し、質問返し!
しかも、くすくす笑いながら。
――うわ~っ… たち悪い…
でも、どうしてかいやな感じがしなくって、
思わず振り返って見た西條さんから目が離せなくなる。
大人で子供の振りをする、少し食えない、できる人――
「僕がこの場にいる目的は一つです」
あたしの視線をしっかりとつなぎとめて、西條さんは言い切った。
しかも、にっこり笑顔つき。
なんか、この後聞きたくない…
「僕は…」
…に、げたい…
「僕は、結婚相手を探すため、ここに来ました」
――ジーザス…
一番ありえない答えを、
西條さんは極上の笑顔つきで言ってのけてくれる。
『結婚相手を探す為』
至極まっとうなお答えですね。
お見合いとはかくあるべき――いや、もうその通りなんですけれど。
――いや~~~~!!
あたしは、違うんだ!
あたしは、まだ、結婚するなんてつもりは無いの!
このお見合いだって売り言葉に買い言葉。
勢いだけで流されちゃっただけなんです!
――な~んて事を、言えたろかい!!
何がどうして、こうなった!?
『かる~い気持ちで行ってきな』
おか~さん!
責任取ってくれません?!
「神戸さん」
あ…い…う…え…お…
「有里さんとお呼びしても良いですか?」
か…き…くけこ!
「これも何かのご縁ですし。この機会を利用しない手は無いですよね」
り、利用?!
利用って何!?
「正直、今日、この場に来るのはあまり気が進まなかったのですが…」
進まないままでいてください…
「こういうことってどう言いましたっけ。
瓢箪から駒、でしたか?」
ええ!?
棚から牡丹餅じゃなかったでしたっけ?
「有里さん」
「は、はい!」
「どうか僕と――」
「――有里!!」
ボスン!
腕を思いっきり引っ張られて、硬くて柔らかなものにぶつかった。
頭の上から怒号が降ってくる。
「何やってんだ!! お前は!」
……あれ?
剛史?
――なんであんた、こんなとこに、いるの…?




