第二十七章 あたしと剛史とお見合いとー反転
月曜日。
休み明けの病院は、ことのほか慌ただしい。
休みの間に出た事務処理が、一気に回ってくるからだ。
あたしも今日は走り回ることが多すぎた。
そうなると、
必然的に昼食が、午後にずれ込むことになる。
「――あら、山本先生。今、お昼ですか?」
深山さんと連れ立って食堂の扉を開けたなら、
そこにいたのは見慣れた背中。
一瞬振り返って微かに見開かれた目に、
回れ右をしそうになった体を寸でのところで引き留める。
危ない、危ない…
深山さんがいるでしょうが。
感情に突っ走って行動する訳にはいかないぞ。
後が、絶対怖すぎる。
「今日は、整形が異常に混みまして…
看護師には別々にお昼行ってもらったんですが、
僕が抜ける訳にはいかないですからね。
しかたなく、今です」
もう腹ペコで…
――うわ~~…
爽やか過ぎる、笑顔が怖い…
ちらっ…とあたしを見た視線が、ふいっと逸らされる。
そーかそーか、
気まずいか。
そっちが気まずいようにあたしだって気まずいわ!
午後の一時半も過ぎた今、
食堂にいるのは、あたしと深山さん、そして剛史の三人だけ。
あたしたちが最後かよ…
まったくなんて間の悪い。
剛史はいつも通りに見えて――結構キテますね、お兄さん。
あたしと顔突き合わせてのご飯だなんて、
そっちも思いっきりごめんこうむりたいだろうけどさ。
二人っきりじゃないってことでお互い手打ちにしましょうよ。
とりあえず、今だけは。
もう冷めてしまった一人前のトレイをとって、
剛史から一番遠い椅子にさりげなく座る。
ちらっと奴がこっちを見たけど…
これぐらいは、良いじゃんか。
まわれ右、しなかっただけでも褒めてくれ。
「外来も大変ですね~ 今日は山本先生おひとりですか?」
「ええ。副院長は出張で北海道。この一週間は、僕だけで…
当直は助っ人に入ってもらいますけど」
「あらあらあら…」
流れで、あたしと剛史の間に座っちゃってる深山さん。
二人の間で、世間話のような情報交換が始まる。
あたしはと言うと、
思いっきりおなかが減ってますって感じで食事に集中――
――する振りで、しっかり会話だけは拾いまくる。
この狭い空間の中にいて、聞こえない振りなんて意味ないけど。
自分がしゃべんなくても大丈夫そうでほっと一息。
ほんと、深山さんが一緒でよかったな~
――などと、暢気にそんなことを考えてたから油断した。
「――そう言えば、神戸ちゃん。今度お見合いするんだって?」
ぶぶっ!!
やばい!思わずみそ汁吹き掛けた!
な、なに!?
なんなの!その爆弾!
「し、しません!
――っていうか、深山さん! それどこで!?」
「うふん。もちろん、晶さんから」
――うわ~~~~っ!
極上の笑顔を張りつけて言ってのけた深山さんに、
思わずあたしは頭を抱え込む。
深山さんの言う『晶さん』と言うのは、
神戸晶子さん――はい。間違いなく、
あたくしの母親の名前でありまして。
「い、いつ!?――っていうか、なんで!?」
ありえねぇ! 昨日の今日だぞ!
「今朝ね~ 晶さんからお電話いただいたの。
『うちの売れ残りのバカ娘に良い縁談が回ってきてね~』って」
こーゆー事情なんで、土日勤務、配慮よろしく、ですって。
にっこり――ああ、なんて極上の笑み…
あなたの言葉のその語尾に、
ハートマーク付いてる気がするの、
ほんとにあたしの気のせいですか…?
――お袋様、あんたって人は…!
どうしてくれるんだ、この始末。
なんだってこのお方を巻き込んだ!
ごふっ!
げふっ!!
――と、自分のでない咳き込む音に目をやれば、
「た、剛史!?」
「あら、山本先生。大丈夫ですか~?」
げふっ!ごふっ!
と、思いっきり胸を押さえて苦しんでる剛史の姿。
ころがったお椀の中身が少しだけトレイにこぼれて。
み、みそ汁か? 味噌汁だな!
なんだってあたしと同じように…
しかもこのバカ、気管に入れやがったな!
いつまでたっても収まらない咳に焦ったあたしは、
手近にあった湯呑に冷水器から水をぶち込んで、
剛史の所にすっ飛んで行く。
「剛史! とりあえず、水…水のんで…
いや、無理に飲まなくてもいいか… と、とにかく、大丈夫?」
ごふっ!げふっ!と、剛史の咳が続く間、
丸まったその背中を撫でながら、
のほほ~んとしている深山さんを振り返る。
「深山さん、狙ったでしょう!?」
「あらら…ひどい。何を狙うって?」
「あたしらが味噌汁飲むとき、狙って言ったんでしょうが!
どうすんです、この始末!」
「そんな~…
山本先生をわざわざむせさせるなんて器用な事、
できる訳ないでしょ?
あたしに」
にっこり。
――い~や。出来る…
あんたなら出来る!
「遊んでますね! 二人して!!」
「二人ってだ~れ?」
「ああたと、うちの、おふくろのことです!」
「あら、失礼な…
わたしはただ、娘想いの先輩の親心に
感動してしまっただけなのに…」
そこで、涙を拭うフリをしないで~~~!
まだまだげふげふやっている、剛史の背中を撫でながら思う。
あたしの顔、今、ものすごく情けない事になってるぞ。
そういやこの二人、高校時代に浅からぬ因縁があったっけ…
――思い出したくもないが。
「んで、神戸ちゃん。どうなの?」
いつするの?
お相手は?
「…まだ、なんも決まってませんって…」
そもそも、するかどうかもわかりませんのに…
「あら。あたしは賛成。
してみても良いと思うわよ、お見合いも。
お相手の方、お堅いお仕事に就かれてて、
共働きもオッケーだって言うじゃない。
こちらとしては、今、神戸ちゃんに寿退社なんてされちゃったら、
思いっきり困るから、その時は断固阻止するつもりだったんだけど。
――続けてもらえるんなら、オールオッケー。
何の問題も無い、ノープロブレムよ」
さあ、張り切って行ってみましょ~!
こぶし思いっきり突き上げて――
……一体、誰の見合いなんですか…
「…人の人生で遊ばんで下さい…
そもそも、何だってそんな事まで深山さんが知ってんですか」
「あら、聞きたい?」
「結構です…」
どうせ、情報源はおふくろ様だ。
――恨むよ、母さん…
あんた、やっぱり子供で遊んでるだろ。
げふ、げふげふ…
さっきよりは落ち着いたものの、
のどに絡んだ咳の音が続いてる。
……剛史
…まだ、収まんないの…
置いたまま手を付けてない湯呑を、
中に入った水ごとその右手に握らせてやる。
ぐぐ~~っ!
いっきょに呑み終えて…
あんた、今度は水詰まらせたらどうすんの。
「あら、落ち着きました? 山本先生。
よかったわ~ いきなり咳き込むんですもの」
ビックリしちゃった。
それ、真顔で言える、あなたが怖いです… 深山さん…
「…剛史、大丈夫?」
「あ、ああ…なんとか…」
すまん…とか何とか、もごもご言ってるが、
それでもどうにか落ち着いたらしい。
こんなことで窒息でもされたりしたら、目も当てらんない。
これでこいつになんかあったら一層寝覚めが悪いじゃん。
一応医者。
腐っても医者。
なんかあっても損害賠償なんて払えないぞ~
「――あら、もうこんな時間…
神戸ちゃん、ご飯まだみたいね。
じゃ、あたし先行ってるから」
ごゆっくり~
トレイをさっさと返却口に片付けて、
ひらひらと右手を振りながら、深山さんは扉を開けて出て行った。
急に、
シン…と沈黙が落ちてくる。
――あああああ、気まずい。
うう、気まずい。
置いてかないでください、深山さん。
ご飯もしっかり完食していらっしゃる。
えらい!
すばらしい!
――だから、いかないで……!
――よそう…
これ以上考えると、
この職場に居るのが辛くなる…
「…食べれそう?」
「……なんとか… 食べとかないと、この後持たない…」
「そうだね…」
一日はまだ半分も残ってる。
ここで、しっかり栄養補給しとかないと、この後どこかでぶっ倒れる。
剛史と二人、元の椅子に座り直し、
改めて冷え切ってしまった食事をもそもそと再開する。
もぐもぐもぐもぐもぐ…
ああ、今日の酢豚。
ぜひともあったかいうちに食べたかった…
「…すんのか…?」
「……あん?」
ぽつりと呟いた剛史の声に、あたしは少しだけ反応が遅れる。
酢豚に気を取られて。
「すんのかよ…」
「何を」
「……い…」
「は?」
「だから、その…」
「なに? ちょっと、聞こえないんだけど?」
「――だから」
「見合いすんのか、ってきいてんだ!」
びっくり。
な、んなんだ、急に。
「いきなり怒鳴んないでよ。びっくりするじゃないの」
「そんなもん、どうでもいい!
…答えろよ。お前、見合いなんてすんのか?」
「は?」
そこ?
「あのね~…」
さっき聞いてたでしょーが。
「まだなんにも決まってないわよ」
母さんの先走り。
「決まったら、するのか…?」
「いや。決まったらも何も…」
今のところ、
「あたしにその気はないんだけど」
これ、本音。
「まだね、そんな気になれない」
仕事忙しいし。
「第一、こっちばっかりその気になっても、相手だってあるし」
あっちから情報が来てるってことは、
こっちの写真も向こうにも行ってるってことか…
げっ!
あの、恥ずかしい成人式の奴だ、きっと。
「いっつも通り、ポシャるんじゃない?」
だから、あたしの口を突いて出たのは、
本当に紛れもない本心だった訳で。
「ホントか…?」
「うんうん」
やっぱり~
どう考えてもめんどいし~
今まで無事に逃げ切ってきたんだもん。
今回もやっぱり逃げたいな~
覚めた食事を咀嚼しながら明後日の方を見ているあたしに、
何を安心したんだか、
一つ大きく息を吐いて、
「そーだよな~
…うんうん。確かに、そーだ。
お前と見合いなんぞ、しようなんて奇特な奴はいねぇよなぁ~」
剛史はその口調を急に変えやがった。
むかっ…
ちょっと、なんか、聞き捨てならない。
「…ちょっと、失礼じゃない?
仮にも妙齢の女性に対してその態度」
「誰が妙齢だ。
こんなガサツで口の悪い奴に見合いなんか出来るかよ」
…また、言った。
言いやがった。
「相変わらず…」
「は…?」
相も変わらず、
いろいろと、
言ってくれるじゃないか、この無神経。
ああ、なんだかものすごく腹が立ってきた。
なんでか、わかんないけど、
イライラする。
どうする?
――どうする。
どうしてやろう、この始末!
「――する」
「…は?」
「お見合い、する」
「はぁ!?」
ガタン!
思いっきり大きな音を立てて、奴が椅子から立ち上がる。
「どーせ、がさつで口が悪いもん。
あたしなんて、見合いぐらいでしか結婚できないね。
うん、そうだ。
見合いなら、それでもいいって人がいるかもしれないし。
うんうん。
見合いってのも、この際いい機会かもしれないね」
最初から、色々わかってきてるから、向こうも幻滅しないかも。
……これって、案外、いい機会?
この際だ!
お見合いでも何でもやって、
あたしだって、男ゲットしてやる!
売り言葉に買い言葉。
売られたケンカは買ってやる!
目には目を、歯には歯を。
見てろ、このやろ! 女をなめるな!
あたしだって、猫の一つや二つ
その気になったら被れるんだから!
「ゆ、有里…!」
「ありがとう、剛史。
あんたのおかげで決心が付いたってもんよ」
一回ぐらい、お見合いもしてみる方がいいもんね。
そうだ。なんにせよ、
食わず嫌いはよろしくない。
なんでもともかく食ってみよ。
どんな事でもやってみよ!
どうしたってアレクはあたしのものにはならないし。
幻みたいな片思い、
追っかけ続けて生きるのは、
それはそれで余りにも、あたしの人生悲しすぎる。
この際、現実って奴に目を向けて。
もしかしたら、すっごく素敵な出会いが待ってるかも。
「有里!」
「さ~て、ご飯も済んだし、お仕事お仕事。
…なによ。剛史ってばま~だ、食べ終えてないの?」
は~やくしないと、時間無くなっちゃうわよ~
なんだか慌てまくっている奴の姿に少しだけ溜飲が下がる。
脅かしついでだ、とことんおののけ!
「じゃ、まったね~」
お見合いの、結果が分かったら一応知らせてあげるから。
ひらひらひら…
深山さんのまねをして、右手を軽く振ってやる。
「おい、待て…」
「あたし、午後からの仕事、たまってますので。
お先に失礼いたします、山本先生」
どうぞ、ごゆっくり!
図らずも、さっきの深山さんと同じセリフを剛史に吐いて、
あたしは思いっきり食堂の扉を閉める。
バタン!
すごく大きな音がしたけど、
今回だけはスルーして。
ああ、ちょっとだけ、すっきり。
ざまあみろ!
いっつもてめぇの思うようになると思うな、バカ野郎。
既に、何が目的か分からなくなっている事にも気付かずに、
ただひたすらに闘志を燃やす。
――よーし、いくぞ!
レッツ、見合い!!
廊下の真ん中で思わず拳を握りしめる。
通りかかった人が、ぎょっとして飛びのいたりもしたけれど、
頭に、血がのぼりきってるあたしには、
もう周りなんか、見えていなかった。




