第二十八章 あたしと剛史とお見合いとー支点
――早まったかな…
しかも今、この現状、
既に、逃げるとか逃げないとかってレベルの問題ではない…
本日、大安吉日。
見合い、当日。
家から駅三つ先の、
この辺りでは一応一流と言われるホテルのロビー。
この日の為に新調されてしまったドレススーツ。
――いや~~~~!!
なんで?
なんで、こうなるの!?
二週間…
剛史に「見合いしてやるぜ!」宣言して、
まだ、二週間も経ってない!
本当に、
何が、なじょして、こうなった!
剛史の売り言葉を、しっかり買って帰宅して、
力強く玄関を開け開口一番、
「あたし、見合いする!」
宣言した途端。
「んまああ!!
やっとその気になってくれたのね、有里ちゃん!
おばちゃんとっても嬉しいわ!!」
と言う言葉と共に、
あたしは靴も脱がない状態で、思いっきり抱き締められました。
な、なんで、
「なんで光子おばさんが居るの!?」
「嬉しいわ、嬉しいわ!
おばちゃんねぇ、有里ちゃんの為にすっごくすっごくがんばっちゃった!
どの人?え?どれ?どれがいいの?
あ!これ? この人ね! 真面目で、一流企業にお勤めで…
――そうだ!
確か、今月の日曜だったらお会いできるって言ってらしたのよ!
まあ!なんてタイミングがいいんでしょう!
有里ちゃんの方も…
え? 大丈夫? 職場の方にはOKもらってる?
それ本当なのね、晶ちゃん!
これはきっとご縁があるって証拠よね!?
ああ!もう、何て上手くいくんでしょ!」
これは成婚間違いなしね!
――ちょ~~~と、待て!! 待つんだ、皆!
「そこにあたしの意見は…」
――もう既になかったんだよ! こんちくしょう!
あれよあれよという間に場所から時間から、
何もかもが見る見るうちにセッティングされてしまい――
たった二週間で、
もう見合いって…
なに?
いったい、なんなの、その電光石火の早業は!!
その気になった光子おばさんは強かった。
ほんとにほんとに、強かった。
見合い前の唯一の週末、
もはや思考放棄を決め込んで、寝倒す予定のあたしを叩き起こし、
朝ごはんキャンセルまでして、連れてこられた某伊○丹。
絶対選ばないデザインの服ばっかりのブティックで、
とっかえひっかえ着せかえ人形させられた揚句に、
目ん玉飛び出るような値段のスーツ一式と、
靴、ブラウス、バックに至るまで、「プレゼント!」と、渡されてしまった。
そんなもの、受け取る訳にいかねーべさ!(何弁だ?)
と、説得と抵抗を繰り返してやったのに、
「ちゃんと、晶ちゃんからお金はあずかってるから心配しないで!」
ほんとは、おばさんが全部あげたかったんだけど。
と言われて、思わずその場で卒倒したくなった。
「――だってさ、そうしないと、
全部自分が出すって聞かなかったんだよ」
とは、家に帰って泣きついた時のおふくろ様のご言い分。
「流石にみっちゃんに、そんな散財させる訳にはいかんだろうが。
どんな洋服買ったって、晴れ着和装で一式誂えるよりはお買い得。
洋服は使い回しもできるしね~」
と、言われたら、もう反論する気もありゃしない。
墓穴、掘った…?
思いっきり掘りまくった。
誰が?
――だから、
あたしが、だ!
キャンセル、キャンセル、今すぐキャンセル――
出来るもんならやっている。
後が怖い…
身内こわい。
あたしの今後の人生がぁ!
……とりあえず、
見合い、だから。
うん。まだ、
見合い、
だもんね。
そーだよ。まだ、見合いだもん。
そのまま結婚なんてする訳ないし…
だって、あたし、好きな人いるし!
――片思いだけど。
付きあうなら、好きな人と付き合いたいし!
――不可能だけど。
などど、ぶつぶつ呟いたって何の解決にもならない。
わかってるけど言いたいの!
え~い、もう!
いったいぜんたい、
こんな事態に、誰がした!
――はい、すみません。
すべて、あたしでございます…
…いや、違う。
違うぞ。
……あいつだ。
あいつが悪い。
そうだ。
すべて、奴が、悪い。
絶対絶対、
ぜ~んぶ、剛史が、悪いんだ!
んで、今日。
お見合い当日。
あたしは、
こんなホテルのロビーに、
座っちゃってるんです…
気候の良い秋の休日。
さぞかし沢山の結婚式が予定されているのだろう。
そうでないと
――この人出は納得できないぞ。
ロビーに座っているだけで、
あっちこっち、めかし込んだお嬢様方の姿が目に飛び込んでくる。
『綺麗なお姉さんは好きですか?』
『はい!大好きです』
と、言ってしまうあたしにとって、これはこれで目の保養。
ひらひらきらきら。
ひらひらり。
ああ、若いっていいな~
――二十五にしかなってない若造がほざく言葉じゃないけどね。
でも、綺麗に着飾った女の子のオーラって、
ほんとにまぶしい。
え? あたし?
えっと…
まあ確かに…
あたしも、着飾っている部類には入るのかも知れないが…
そこはそれ。
どうか除外してほしい。
どうしたって、似合う似合わないってあるんです。
出来れば今の自分自身を、
認識したくないんだよ、あたしは。
一応スーツ。
形としては。
一見黒に見える、光沢の有る深いグリーン。
色だけ取ってみたら抑えたモノなんだけど。
これ、着ると違う。
着て動いちゃうと、妙に緑が鮮やかに浮かび上がってくる。
おまけに、セットになったブラウスのフリル。
止めてるボタンが見えないって、どゆこと?
このフリル、袖口にもひらひらして。
どうやって、手、洗う?
しかも、このスカート…
思ってたより、短い…
立ってる時はそんなに思わなかったんだけど。
座ると、ヤバい…
否応なく、
慎ましやかに両足を揃えて、
斜めに足を流した感じで座らざるをえなくて。
ああ、窮屈だ…
ああ、うっとおしい…
ちなみに足元は、共布で作ったそろいのハイヒール。
アクセントの金の流線が、なんだか凄く浮き上がる。
バックも、金をあしらった小振りな物――持つ意味、有るのか?
「ああ、可愛い…!
やっぱり女の子は良いわよね~ お洋服も選びがいがあって」
満面の笑みでそばにいらっしゃるのは、言わずと知れた光子おばさん。
「有里ちゃん、晶ちゃんに似て肌は白いし、上背もあるから。
お洋服、一杯選びやすくっておばさん目移りしちゃったわ~
でも、これにして正解よね~」
ああもう、ほんとに可愛いったら!
――おばさん、それは身内の欲目です…
慣れない賛辞に、あたしの頬は引きつり気味。
今日は朝から美容院まで引っ張って行かれて、
メイクも髪も整えてきたから、悪目立ちしてはいないと思うけど。
――柄じゃない…
どこをどう取っても、
あたしの柄じゃないだろう。
「ああ、足元はもう少し足先を揃えた方が綺麗よ。
それから、立つ時は、あんまり姿勢を崩さないでね」
「…はい、光子おばさま」
「――きゃー! 『おばさま』っだって!
なんだか、すごく良いとこの奥様になったような気がするじゃない!
もう、一回言って!」
「おばさま」
きゃ~~~!と少女のようにはしゃぐおばさんは、
本当に年を忘れるほどに若々しい。
光子おばさま(もう今日は、あえておばさまと呼んじゃうぞ)は、
さりげないクリーム色のスーツに白のパンプス。
――これって、たぶん例の有名なブランド品だよね。
この着こなしは半端ねぇ。
付け焼刃のあたしとは、やっぱりモノが違う。
なんとも所在ない気持ちになって、ふーっと大きく息を吐いた時、
ロビーの向こうの方に立っている人影が、目に入った。
――え?
すっきりと首元で切りそろえられた黒髪。
体にぴったりとフィットした、抑えた色味のスーツ。
「かっこいい…」
その後ろ姿に、思わず言葉がついて出た。
なんだろう…
なんでか姿が人目を引く。
姿勢が良いのかな。
男の人なのに、後ろ姿に目が行っちゃう。
年齢は――よくわかんないけど、三十ぐらい?
ダークスーツだけど、礼服じゃない…
「あら、良い男」
いきなりの声に驚く。
「おばさん?」
すぐ横で、いつの間にかおばさんの目が輝いている。
見てるのは同じ男の人。
「あのスーツ、
ブランドは良く分からないけどつるしの背広じゃないわね。
セミオーダー…ひょっとしたら完全オーダーのものよ。
型としてはオーソドックスなブリティッシュ。
……すごいわ。
あれをあの若さで着こなせるなんて」
「ブリティッシュ…?」
え?
なに?
「ブリティッシュスタイルのスーツの事。
型の一つだけど、
細身で、バランスが取れてないと綺麗に着こなせないのよね。
腰のところで絞ってあるから」
嬉々としておばさんが説明してくださる。
…すみません。
ちんぷんかんぷんです、あたしには。
光子おばさんは、結構名の通った企業に秘書として勤めて、
そこで旦那さんに見染められた―――なんて曰くのある人だ。
あたしはもう紛れもない一般人だけど、
「一流」と言われるものをそばで見て、
馴染んでしまう良いおうちの奥様はやはり違う。
おまけに息子ばっかし三人だもんな~
そりゃ、スーツにも詳しくなるよね。
でも、そんなおばさんが一目でわかるぐらい良いスーツって。
ほほう…
それはそれは。
あたしも、見る眼があるじゃない。
「うん。あれは間違いない物件ね。
こんな時じゃなかったら、声かけてお世話させてもらいたいぐらい」
「おばさん…」
仲人根性、恐るべし。
「でも、顔見えてないよ。この状態で決めていいの?」
おばさんと二人してこっそりじっくり拝見させていただいてるけど、
件のバックシャン(…これって死語?)は、
目線を一度もこちらには向けてくださらない。
故に、未だあたしたちにはそのお顔立ちがわからないまま。
希望はもちろんイケメンだけど、
振り向いてみたら案外…ってことも、
やっぱり、無きにしも非ず、だよね?
そんなあたしの方を向いて、おばさまは力強くこう言った。
「大丈夫。
男はね、
あれぐらいになったら、背中を見ただけで中身の良し悪しが分かるの。
少々の顔立ちの不自由さなんて、目じゃなくなるの」
男は、背中で、語るのよ。
――は~…
そういう、もんですか…
「男は背中で語る」、かぁ…
確かに、あの後ろ姿は……
うん。
すごく、カッコイイ。
あたしってば職場が職場だから、
スーツ着た男性なんてほとんど見ないもんね。
普段から。白衣天国――あっちもこっちも白衣だもん。
これも一種の目の保養?
「あら。そろそろ時間よ。
さあ有里ちゃん、行きましょうか」
「…は~い…」
時計を見て、にっこりあたしを促したおばさんに、
思わず語尾を伸ばして返事して、
少しだけにらまれちゃったりしたけれど。
立ちあがりもう一度、さっきの人を探してみる。
彼は振り返ることなく、きびきびとした足取りで遠ざかって行く所だった。
うん。
なんだかすごく良いものを見せてもらった気分。
あんなかっこいい男の人もいるんだ――背中だけだったけど。
あたしは、少しだけ軽くなった気持ちを抱えて、
ゆっくりとおばさんの後を追う事にした。
この後、何が起こるか知らないで。
お見合いの場所は、美味しさが有名なフレンチレストラン。
その奥まった半個室に、おばさんと二人案内されて席に着く。
「…良く取れたね、ここ…」
確か、半年先まで予約一杯って聞いたんだけど。
「うまい具合に、キャンセルが出たらしいの」
幸先がよいと思わない?
――幸先、良かったら困るんです。
お勧めのランチコース、思いっきり舌鼓を打ちたいところなのに。
なんで、見合い?
まあ、こんな事でもなきゃ、
敷居が高すぎて、二の足踏んじゃいそうだけど。
「ここってドレスコード付き?」
「大丈夫よ。有里ちゃんとっても可愛いから」
――会話、成り立ってませんがな…
それなりにドレスコードはいりそうだよな、このお店。
「こちらです。どうぞ」
と、ウエイターさんに案内されて誰かが近づいてくる。
「…いらっしゃったみたいね」
まだ、壁の影になってその姿は見えないけれど、
そう呟いてカタンと静かに立ちあがったおばさんに習って、
あたしも出来るだけおしとやかに立ち上がる。
「本日はお忙しい中、わざわざ来ていただいてありがとうございます」
流れるようなおばさんの挨拶を耳にしながら、
軽く下げられたその頭を見習ってお辞儀をする。
「申し訳ない。お待たせしてしまったかな」
目線を伏せた耳に飛び込んできたのは、
柔らかな、初老の男性の声。
「いいええ、そんな…
それほどお待ちしたりはしていませんわ。
御無沙汰しております、佐々木さん。
本日は本当にご無理を言って…」
「いえいえ。こういった事は、何よりもスピードが肝心ですからな。
…そちらが?」
「はい。私の姪の有里です」
「はじめまして。神戸有里と申します」
「ああ、これは可愛らしいお嬢さんだ。
初めまして。
有働さんとは懇意にしていただいている、佐々木と言います」
しょっぱなから、ほめ言葉かましてくれるじゃないの、このおじさま!
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あ、やばい。タイプかも――
いや、たぶん違うし。
この人じゃない、よね?
「そして、こっちにいるのが…」
「はじめまして」
ロマンスグレーのおじさまが、視界を開けるようにすっと体を動かした時、
一瞬頭が呆けるような甘いバリトンが耳に飛び込んできた。
そして――
「あ…」
「あら…」
期せずして、あたしとおばさんの声が、ハモる。
目に飛び込んできたのは、
ロビーで、あたしたちの観賞用と化していた見覚えのあるダークスーツ。
ゆっくりと上げた目線の先に、
穏やかそうな一人の男性の顔。
「初めまして。西條敦也です」
そう名乗った人は、
顔立ちにふさわしい柔らかな空気を纏い、
ゆっくりと、あたしの前で微笑んだ。




