表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/48

第二十六章 あたしと剛史とお見合いとー起点


病院に休みは無い―― 


確かに、外来診療は日曜日には休めるが、

地域密着を掲げる二次指定救急病院に、

一年三百六十五日、

一日たりとも休みなんぞありゃしない。


ローテを組んでる医師や看護師だけでなく、

入院患者がいる以上、

一日三食、食事は必ず配膳される(あたりまえだけど)。

その対応も兼ねて、あたしたち栄養士もローテーションを組んでいる。


今日は三連休の日曜日。

ハッピーサンデー休日中日、

あたしはしっかり当番で。

ためていた事務処理を思う存分やっつけてしまったものだから、

その日、家に着いたのは、午後の八時もしっかり回った時間だった。


「たっだいま~」


玄関先で放り投げるように靴を脱ぐ…

ととと、やばい。しっかり直しておかないと。


こういうトコうるさいんだ、うちの母上は。

結構がさつで大雑把なのに、マナーにはうるさくて、

遠慮なく張り手込みで叩きこまれてまいりました。

社会に出て、恥をかかないで済んでるから、感謝だけはしてますが。



今日も剛史に会わなかった。


あれから一カ月。

あたしたちは顔すら合わせてない。



あたしが事務室に籠ってるせいもあるけど。

あいつも事務所に来なかった―― 


ほんの少し――


ほんの、少しだけ、あたしが上手く立ち回れば、

顔なんて会わせないまま過ごしていける。



まだ会えない。

会いたくない。



そんなふうに思ってしまうあたしは、結構意固地な性格だった?


『好きなものは好き』


開き直ってみたけれど。

突き付けられた現実を、

もう一度目の前で、確認するのは痛すぎる。



「ああ、おかえり。遅かったね。ごはんどうする?」

「もちろんいただきます……って、兄貴は?」


手と顔を洗い、一年中家族の食卓と化している居間を覗けば、

おふくろ様が声をかけてくる。

蒲団を剥いだ置きっぱなしの家具調炬燵の上には、あたしの箸。

他の人はもう済んでしまったみたい。

この時間で、珍しい…


「ユウは今日部活。 遅くなるからついでに食べてくるって。

お父さんも今日はゴルフ。

そのまま呑むって話だから先にあたしは済ましちまったよ」

「それはいいけど… ――誰か、きた?」


ぽてんと定位置の座布団に腰をおろして、

聞いてみようと思ったのには理由わけがある。


新聞や読み掛けの本やらで、山のようになってた炬燵周りが、

今日はやけに片してある。


「もうちっと早かったら良かったのに。会いたがってたよ」

「え?だれ?」


いただきますと手を合わせ、茶碗を持った状態になってから問い返す。


「ふっふっふっ… 誰だと思う?」


ちろん…とこちらを流し目で見て、含み笑い。

…お母上様。

なんか、どなたかを彷彿とさせるのですが。


どさっ!


炬燵の空いてるスペースに、何冊かの冊子がまとめて降ってきた。


――げげ…っ!


この色、この紙、この厚さ。


「お前にだよ。見合い写真」

「げーっ! 光子おばさん!?」

「当たり。あんたの大好きなみっちゃんだよ」


にまにま笑うな。この魔王!


「半年前ので諦めたんじゃなかったの?」

「甘い。あんなことで引くみっちゃんとお思いかい? 

リベンジだってさ」


――げ~~~!


これは食事どころの騒ぎじゃない。


なんで今?

ご飯、喉に詰まったらどうしてくれる!



みっちゃん――こと光子おばさんは、あたしの死んだじい様の妹の娘。

目の前でにまにま笑ってる母親の、実は従姉に当たられる。


面倒見の良い親切な、実に出来たお方だが――


――うわっ… タイミング、最悪…


思わず頭を抱えてしまう。


光子さんの目下の関心事。

それは、仲人なこうどをすることだ。


自分の子供たちが結婚し、

旦那さんが定年退職して悠々自適になった途端、

自分の嗜好に能力を、全振りすることに決めたらしい。


良く練られた人柄と、ほとんどボランティアでの活動なものだから、

相談は引きも切らず――


いや、だから、

他人様ひとさまの趣味嗜好には、とやかく言わないつもりだが。

その矛先が、

自分に向くとなったら話は別。


「リベンジって… 話、受けちゃった?」

「うんにゃ。写真預かっただけ」


そうしないと帰りそうにもなかったから。


「だからって。あたし、まだ二十五だよ? お見合いって早すぎね?」

「みっちゃん基準だと、女の子の適齢期は二十四までなんだって。

遅すぎることはあっても早すぎることはないそうな」

「まだ、働きだして三年目」

「共働きでもかまわない相手、見つくろったって」

「実は面食い…」

「男は中身」

「――かーさん!」


あんたはあたしの敵なのか? 


「結婚ならあたしより、急がにゃならんのが一人いるだろうが」

「祐樹かい?」

「そう!」


この際兄貴だろうがなんだろうが、人身御供に供しちゃる。


「心配しなさんな」


どさっ!


「――なに、これ…」


「さっきのはお前の分。

んで、こっちは祐樹の分だとさ。見るかい?」

「見たい、みたい!」


――じゃなくて!


おっと、いけない。

ついつい好奇心が先走る。

しかし、何て手回しのいい。

やるな、おばさん… 


――いや、褒めてる場合じゃないってば!


「みっちゃんからみたら、あんたは娘みたいなもんだから。

『絶対、あたしが良いお婿さんを!』って、言ってよな、昔から」

「……可愛がってくれたのは感謝してる」


あたしもおばさん大好きだけど。


光子おばさんは息子ばっかし三人で。

ずっと娘が欲しいって言い続けてきたおばさんは、

ことのほかあたしを可愛がってはくださった―― 


だが、しかし。


「これは、別じゃね?」


今はあんまり、乗り気じゃない… 


今じゃなくても乗る気は無い。


「お前、この前逃げ切ったろ?」


パリン。

手にしたせんべいを齧りながら、おふくろ様が言ってくれる。


――ぐっ… 


そこ突かれると弱いんだけど。


半年前、お見合いを持ち込んできたおばさん相手に

あたしは姑息な絡め手で逃げきった。


「写真見て、相手の好みそうな知り合いに声かけて。

挙句の果てにみっちゃんの成婚率をアップさせるなんて、おまえもやるねぇ」

「……」

「あれで、プライドが揺らいじゃったからねぇ…」

「――だから、あそこまで上手くいくなんて、

あたしも思ってなかったんだって!」


ゴールインまで行くなんて、話があまりに早すぎだ。


「結果オーライでいいじゃない」

「あの件に関しては、自分の成果にはカウントしないとさ」

「そこまで、こだわんなくっても…」


そんなことをつらつらと思いだしながら、

しっかりと夕飯を口に運んでいるあたしを後目に、

ずず…と渋茶を飲み干しておふくろ様が口を開く。


「あんた、今…というか、

今までずっと、誰とも付き合ったことないんだろ?

まあ、あんたと付き合うなんて奇特な奴、いるかどうかもわからんが」

「奇特ってなんだよ。奇特って。あんたの娘は珍獣か! 

今とか、ずっととか、なんであんたが知ってんの?」 

「なんであっても経験するってのはあたしも賛成。

話のタネにもなるからね。

あんただって、結婚願望がない訳じゃないだろ?」

「……そりゃあ、まあ…」


現在只今初恋中――とは、言えないよねぇ、この場合。


「無理に、とは言わないけど人並みに、やってみるのもいいじゃないか。

あんたの旦那はともかくとして、

あんたたちの子供に対しては、

あたしらも、それなりに夢ってもんはあるんだから」


そんな風に言われると、返す言葉なんてございません。


孫に『じいじ』と呼んでもらう。

言ってて恥ずかしいこれが、

親父様のささやかな夢だってことは、十分過ぎるほど承知しております。


あたしだって子供の一人や二人、生んでみたいし育ててみたい。

この際旦那は――いらないとかって言ったら、殴られるな、きっと。


「ユウはさ、何のかんの言っても男だし。

ある程度の年齢としになっても子供は持てるだろうけどさ。

けど、あんたはやっぱり女だし。

年齢いってても子供はちゃんと産めるだろうが、

育てるには体力あった方がやっぱり楽っちゃ楽だからねぇ。お互いに」

「お互いに?」

「そう。いくら年より若く見えてもばばだから」

「婆って誰よ」

「そりゃ、あたしのこと」


けろんといったよ、この人は。

アラフィフどころかその上に手が届くかって年齢なのに、

四十代――下手したら三十半ばに見えようかってぐらいの

童顔なんだ、この人は。


「自分で若いとかって言うな。しかも、婆っていったいなによ」

「正確には、『ばあば』って呼んでほしいかねぇ。

あんたが勤め続けるにせよ辞めるにせよ、

少しはあたしが、面倒みる事になるだろう?

あたしの体力があるうちにしてくれると、助かるんだよねぇ」


子供の相手ってのは、思ってる以上に体力勝負だから。


しみじみとそんな風に言われると、困る。

先の事まで考えて、くれてる事がわかるから。


――いや、違うだろ? 

話、思いっきりずれてっぞ。


「ま、みっちゃんの件はまだ考えるだけでいいからさ。

でも、一回会ってみるのも良いと思うよ、経験に」


確かに、いい経験にはなるけどさ。


「――そんないい加減なの、相手の人に失礼じゃん」


結婚なんて、今はする気もないのにさ。


「それぐらい軽い気持ちでいいってことさね。

あんまり深く考えなさんな。

人の縁なんて、どこでどう繋がってるか、誰にもわかりゃしないんだ。

みっちゃんもそのぐらい、わかってやってるんだから」


そうまで言われると、あたしはうなずき返すしかない。


「さ~て、そろそろユウも帰ってくるかねぇ。

――有里、見合いの件、あたしがユウに言うからね。

あんた、黙ってんだよ」


――ま~た始まったよ、この人は。


なにをウキウキしてんだか。

兄貴で遊ぶ気だな、これは。


「ハイハイ」


呆れたように、ひらひらと手を振ってやる。

るんたった!と鼻歌でも聞こえそうなおふくろさんの後姿を見送って、

あたしが最後のお茶に手を伸ばした時、

それはいきなり降ってきた。


「――そういや、この頃、剛史君見ないねぇ。

元気でやってるかい?」


一瞬息が止まりかけて、手にした湯呑をひっくり返しそうになる。


「……さあ、この頃、見かけないし…」


嘘は、言ってない。

このひと月、本当に、あたしは剛史をこの目で見ていない。


「あんた、おんなじ職場だろ? 見かけないってことがあろうかい」

「同じっていっても、担当するトコ違いすぎ。

――何の噂も聞いてないから、元気なんじゃない?」


良いにつけ悪いにつけ、剛史は病院では注目されてる人間だ。

何かあったら絶対に、

院内僻地のあたしにも、話はきっと届くだろう。


「昔馴染みだってのに、つれないねぇ… 

ユウも会いたいだろうから、

見かけたら、また遊びにおいでって言っときな」


――そんなこと、言えるもんか。


いっその事、洗いざらいここでぶちまけたなら、

厄介事が全部解決したりして。


最後の最後に思いきりの爆弾をぶちまけて、

さっさとおふくろ様は居間を後にする。


その影を見送って、あたしは食べ終えた食器に手をかける。


逃しきれなかった溜息を、一つ、ついて。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ