第二十五章 こころはおちる/きもちだけはかえられない
日差しが眩しい…
緑に映える日差しがなんて眩しいんだろ…
眩し過ぎて――二日酔いの頭に思いっきりこたえるじゃないの。
いや、違うな。
泣いて泣いて泣き疲れて。
そのまま風呂も入らないで布団に潜り込んだりはしたけどさ。
夢の中で二日酔い…
これはない。ありえない。
ああ…でも。
眩しいものは眩しいね…
眼に、痛いぐらい。
きっと、これは状況のせい。
決して酒のせいではない。
まさかとは思ったけど、
あたしは夢の中に来てしまった。
あたしの意志に関係ないのが、この夢のままならないところ。
でも、今夜ぐらいは来たくなかったな…
泣き疲れて気が付いたら朝――って方が王道でしょ?
いったいどこまで王道を外す気なんだか…
あたしの意識はふ~らふ~らと揺れているのに、
あたしの体――もとい、ユーリはことのほかご機嫌で、
今はせっせと剣の手入れの真っ最中。
ふ~ん…
いよいよ、本物の剣での練習を許可されたっと…
それはそれは良かったね~
…なになに? 『お前は案外筋が良い』って先輩に褒められた?
それはそれは、ようございました。
おめでとうございますです。はい。
――ええ、やさぐれてます。
もう、きっぱりくっきりやさぐれてます、心底ね!
あたしがやさぐれて、何が悪い。
今キレなくていったい、いつキレろって?
『どうせ、本気じゃないんだろ?』
『そんな、見てるだけなんて生半可な感情、本物じゃねぇよ』
『ガキか! いつまで、そんな夢みたいなこと言ってんだ!』
夢だ。
夢だよ。
どうしたって何も出来ない、
絶対に叶わない夢だよ。
――だからって、なに?
何であんたなんかに言われなきゃなんないの?
否定されなきゃ、いけないの。
……わかってる。
わかってるわよ。
腹を立てたのは、
それが正論だから。
正論――違うな、
それが、事実だから。
叶わない恋は恋だけど、
何も出来ない恋は――誰が見ても、本当の恋じゃないのかも。
そこに有るのはあたしの『好き』という感情だけ。
それ以外は、
何一つ、
ないんだもの。
ユーリは、一心不乱に手にした剣を磨いている。
あたしはその動きを感覚だけで追いながら、
あたし自身の気持ちの中に潜り込む。
どこにもいない人を思う事は、
感情も、現実のものじゃない。
あたしはただのまやかしで、
心すらもまがいもの。
だとしたら――
そもそも、あたしは、
いったい、
何なのか。
なぜ――あたしは、なぜ、ここに、いる。
ユーリの中にいて、感情も思いも、その感覚すらも共有してるのに、
彼は絶対に、あたし自身ではありえない。
ユーリが触れるもの、見るもの、食べるもの。
その全てを、あたしは自分の感覚として感じ取れるのに、
最後の最後で、あたしはユーリと同じになれない。
あたしは動かない。
動けない。
あたしの意思は、こちらの世界に、絶対に反映されない。
なら、あたしは。
あたしはいったいなんなのか。
この世界に、あたしがいる意味はあるの?
目覚めれば消える。
残るのは記憶だけ。
それなら、どうしてあたしはここにいる。
この場所に来てしまう。
動けず、話せず、
傷の一つも残せない。
あたしは、
なに?
初めて、あたしは
この夢の中に迷い込んだことを後悔してる。
まだ荷が重いだろう大剣を、ユーリはせっせと磨いて行く。
せっせ、せっせ…
額に滲む汗を時間が惜しいとばかりに服の袖で拭いながら。
せっせ、せっせ…
それでも、彼の剣を磨く手は止まらない。
余りにも無心なその行為に、少しだけ切なくなる。
あたしの記憶はあたしだけのものだけど、
ユーリの記憶は、全てあたしの中にくる。
彼の言葉も行動も、
その意味も、しっかりわかってしまう。
……いい子だね。
うん。ユーリは本当にいい子なんだ。
とにかく素直で、
純粋で純朴で。
まだまだ子供だしちょっとドジなところがあるから、
指導の先輩に、思いっきり叱られたりもしてるけど。
一緒に過ごしていると、
このユーリと言う男の子が可愛くて可愛くてたまんなくなる時がある。
今もそう。
心は自分の事で手一杯の筈なのに、
どうしても、ユーリの事を考えてしまってる。
つらくない?
くるしくない?
さびしくない?
大丈夫?――なにが、できる訳でもないのに。
あたしが来たことに意味があるのなら、
たぶんこの子に会えた事。
この世界をユーリの目で見れて良かったと、何となくそう思う。
君に会えて、
君と一緒に世界を見て、
そのことがあたしはうれしいんだ。
――こうして、泣く夜があったとしても。
「――精が出るな」
と、背後からの声に、ユーリが顔を輝かせて振り向く。
「団長!」
声で、あたしにもわかったけど。
「剣を磨いていたのか。お前にはまだ大き過ぎるようだが… 」
見あげたアレクの顔は、ただまぶしい。
「見せてもらっていいか?」
「あ、はい!」
両手を添えて捧げる様に、ユーリは磨いていた剣をアレクに差し出す。
アレクはそれを受け取って、
構えて、ヒュン…と一度振ってみる。
「銘や刻印は無いが、技ものだな… 重さの割に手になじむ。良い剣だ」
指摘されて、ユーリの頬に軽く赤い色が上る。
きらきらと輝きだした瞳は、真っ直ぐにアレクを見る。
「これは?」
「父の剣――形見、です。
故郷出る時、母がこれだけは持っていくようにと」
「父君の… 確か、姓はコールターと言ったな…?
コールター…もしかして、
先の大戦で、勇将と惜しまれたあのコールター卿か?」
「父をご存知ですか?!」
「ああ… 私が子供の時から、良く聞かされた。
イアニスの戦いで殿務めあげ、
絶体絶命の前国王を無事に敵陣から救い参らせたと…」
――そう。その通りだ。
先の大戦――北の隣国イアニスとの五年にわたる戦いは、
先の国王の治世を傾かせるほどの激戦で。
ユーリの父は騎士として、その大戦に従軍し命を落としている。
その時ユーリはまだ母の胎内に居て、この世に生まれてすらいなかった。
会うことのなかった父の――肖像画でしか見たことのない彼の父親の、
唯一つの形見の剣を、彼の母は彼に託した。
まだ、まともに振るう事もできなかった息子に。
その記憶は、ユーリの中で、一番大事な場所にしっかりと収まっている。
「…そうか…」
そうか。
そう言って、ユーリを見やるアレクの顔は、何だかとても辛そうで。
返された剣をユーリが受け取ると、
そのままアレクの手が少年の頭に伸びる。
「強くなれ」
くしゃ…と、髪と一緒に頭をかき交ぜる様に撫でられて。
「強くなれ。
…そして、死ぬな」
不器用な仕草と共に贈られた言葉は、少年には余りに大き過ぎて。
「はい!」
はい…!と、潤みそうになる目を、
ユーリが一生懸命にガマンしているのがわかる。
こういう時は結構辛い…
この子の感情が、
あたしにダイレクトに伝わってきてしまうから。
……やだな…
あたしまで、泣けてくる。
良かったね…
良かったね、ユーリ。
お父さんの事、覚えた人がいたよ。
ちゃんと、覚えていてくれた人がいた。
アレク。
どうして、ここで、
そんなこと言うの。
嫌いになんかなれない。
どうしたって好きになる。
心はうごく。
気持ちは、とまらない。
――あ~あ…
しかたない。
もう本当にしょうがない。
あたし、やっぱりアレクが好き。
どんなになっても――この人が好き。
この気持ちは、絶対に嘘じゃない。
まやかしでも、幻でもかまわない。
零れ落ちそうな涙をこらえるユーリの頭を、
くしゃと撫でつけてくれる大きな手。
ユーリの嬉しさがあたしの意識と重なって。
くすぐったくて、くすぐったくて。
ものすごく温かいものが、
心の奥の方から湧き上がる。
ユーリのものでありながら、間違いなくあたし自身が感じるもの。
この確かな触れ合いを、
あたしは無かったことにしたくない。
思う気持ちは捨てられない。
初めて感じた感情を、あたしはやっぱり大事にしたい。
くしゃくしゃと、アレクが続けさまにユーリの頭を撫でる。
少し髪が引っ張られて痛いのは、
きっとアレクがこんな仕草に慣れていないから。
その事実すら、くすぐったいほど嬉しくて。
ああ、いいな…
なんだかすごく、きもちいい。
ふわふわとした夢見心地の気持ち良さに、
あたしの意識が薄れはじめる。
意識が…
吸い込まれる…
これは目覚め。
夢の終わりの合図。
残念…
今日はここまで…
またね…
またね、ユーリ。
そして、アレク。
目覚ましの音が鳴り響く。
タイム、アップ。
またね――あたしの、大好きな人。




