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第二十四章 心なんてままならないー4


話があると言いながら。

あたしたちは無言で夜の街を歩く。


昼間なら、何回となく歩いた街並みなのに、

暗く闇に沈んだ通りは、どこか違う街のようで。

等間隔に並ぶ街灯の灯りが、完全な暗闇を作らない。

人工の灯りと闇の境界は、薄ぼんやりとしてそこにある。


徒歩二十分の道なりは、遠いものではないけれど。

あたしひとりだったら、やっぱり怖くて歩けない。

そんな道を、剛史と二人歩いてる。


非日常。


なんだろう、この感じ。


剛史は黙々と歩くだけ。

車道側にあるその顔を、横目でちらっと盗み見る。


何、考えてるんだろう。


いつもは感じないきつめに整った剛史の顔が、

今は何の覆いも無いまま、眼が真っ直ぐに前を見ている。


強い視線。

いつも押され気味だった、真由美すらも従わせた声音。



――男だ。


ここにいるのは、一人の男だ。



あたしはこの時初めて、

横に歩く幼馴染を、

男の人だと、認識した。




夜の街を剛史と歩く。


てくてくてくてく…ただ歩く。

すぐ傍にいるのに、なんにもしゃべらずに。

てくてくてくてく…

ひたすら歩く。


学校の夏休みの時期もそろそろ終盤で。

真夏の暑さはまだまだ空気の中に残ってはいるけれど、

流れ過ぎる風の中、微かに秋が混じりかけている。


夏は別に好きじゃない。

けれど、こんな時。

無性に夏が惜しくなる。


歩いている内に、あれほど飲んだ酔いもあらかた冷めて、

妙に冴えた頭だけが、事態を冷静に捉えている。


夏の終わりの宵闇の中を、ただ、二人して歩く。


――剛史と並んで歩くなんて、初めてかも。


いつも正面から怒鳴り合って、ののしり合って、ケンカして。

だから、こんな風に沈黙が続くと…


――気まずい…


何とも言えない空気が、あたしを落ち着かなくさせる。


いつもきっかけを作るのは剛史の方で、

あたしはそれに反発してればよかったから。

だから黙りこまれると、

あたしはどうしていいかわからない。


おこってる――? 

でも、なにに? 


あたしに、おこってんのかなぁ… 

でも、何で?


さっき捕まるまで、ここのとこ職場でも会わなかった。


地雷踏むほど、

なんかした?


あたしには、わからない――





いつのまにか、見慣れた道筋にぶちあたる――徒歩二十分って短いね。

この角を、曲がればあたしんち。


「有里」

「はい!」


いきなり低く呼ばれた声に、条件反射で返事してしまう。


「やめろ」

「は?」

「やめろと言った」


――な、なに? 


何を、言ってるんだ? この男。


「眼ェ覚ませ。くだらない事に捕われるのをやめろ」


向きを変え、あたしを真正面から見据えて、

奴は吐き捨てるように言葉を投げる。


「いい加減大人になったらどうだ! お前、もう二十五だろうが!」

「な…!」


なに!なんなの! 

いきなり…いきなりなによ!


「なに… 何の話よ、いったい! 

あたしは、あんたにそんな事言われるような筋合いは…」

「何が金髪だ!青い眼だ! 

いつまでも、子供みたいな夢見てんじゃねぇよ! 

俳優だかなんだか知らねぇが、

現実にいない架空の人間追いかけてどうする! 

そんなもん、イカサマだ!」

「――!」


――ま、まさか…


「いい加減、現実を見ろ! このばか!」

「な、何で…! どこで…?!」


思わず叫んだ途端に気付く。


『そこで呑んでた』


そこで――おなじ、店で。


かーっと頬に血が上る。


いたんだ… 

あそこに、

あの店にいたんだ…!


初めて、真由美にだけ打ち明けたあたしの秘密。


聞いてた… 

聞いてた! 


ひどい… 


ひどい、ひどい、ひどい!!


「盗み聞き… 盗み聞きしたのね!?」

「あんな大声でしゃべってて、聞こえないはずないだろうが!」

「それでも、盗み聞きは盗み聞きよ!」


そう! 

絶対に絶対に。


誰にも、聞かれたくなかったのに。


よりにもよって、

なんで!


「卑怯者! セクハラ! 卑劣漢!」 


そんなの… 


「そんなの男のする事じゃない!!」

「聞こえてきただけだって言っただろうが! 

聞いて良かったよ。まさか――

まさかお前がまだ、そんなガキだったなんて…!」


強く――強く、両方の腕を掴まれる。

けれどその痛みは、あたしには届かない。

ただ引きずりあげられて見上げたのは妙にゆがんだ奴の顔――


見たくもない、剛史の、顔。


「そんなモノ、どうせ、本気じゃないんだろ? 

そんな、見てるだけなんて、生半可にもほどがある。

そんなの、本物なんかじゃねぇんだよ! 

いつまで、そんな夢みたいな事言ってんだ! 

バカか!お前は!」


本気? 

本物? 

生半可… ばか?


なんで…

なんで、こんな…


「いいか。

――気持ちなんてもん、相手にわかってもらってこそだ! 

見込みがねぇってわかってて、

いつまでもそのまんまで、かまわないなんてきれいごと… 

そんな、きれいごとが言えるような、そんな気持ちが、本物だ?

――まやかしだ!そんなもん。

本当の恋愛なんかじゃねぇ!」



――声が、でなかった。











……いたい…


………いたい。


からだがきしむ… 


こころが、きしむ。



ゆがむ…


なにもかも、ゆがんでいく。



あつい…


あたまが…

からだが…

むねが…



あたしのぜんぶが、

しんじられないほどあつくなって…







「――ゆり…?」


ぽた…

剛史の手に、

こぼれおちた雫で気がついた。


涙。


涙が、

あたしの眼から、流れ落ちていく…



「…どうして…」


「…有里…」


「どうして、わかるの…?」


あたしの気持ちが嘘だって。

あたしの想いがまやかしだって。


「…どうして、決めつける、の…?」


どうして、あんたが…


「どうして、あんたが、

あたしの気持ちが嘘だって、決めつけるの!!」


ありえないほどの感情があたしの中で渦を巻く。

悲しいとか、

辛いとか、

苦しいとか。

そんな言葉では言い表せない。

ぐるぐるぐるぐる渦巻いて、

あたしの中で爆発するように熱くなる。


「わかってる…」

「ゆ…」

「言われなくたって、わかってるわよ、そんなこと!!」


こんな不毛なことはない。

こんな意味の無い気持ち、

きっと恋なんて言っちゃいけない。


あたしが好きな人は――あたしの存在を知らない。


あたしは好きな人に、

声をかけることも、

触ることも、

何ひとつできはしない。


俳優? 

架空の人間?


――じゃあ、この気持ちは、なに…?

この、どうしようもない気持ちは


いったい、なんなの?



あったかくて、

うれしくて。


かなしくて、

くるしくて、

つらくて。


こころのおくそこからあふれだしてくる、

どうしようもないこのきもち。


このすべてが、まぼろし…? 





「――すき…」


できない…


「すき」


もうそんなこと、


「すき、なの…」


あたしに、できるはず、ない…



「すきじゃ、だめな、の…?」



あのひとが、すき。


それだけ。

ただ、

それだけなのに…




「あたしは、ひとを、すきになっちゃ、いけない、の…?」











――わすれる…?


       この気持ちを、なかったことに…


あたしの体すら、


   支配する感情を、


       今更、なくせとあたしに言うの――?!





「――わかる、もんか…」



あんたに。



「あんた、なんかに、わかる、もんか!!」




涙で歪む視界を、振り払う事もせず目の前の剛史を睨みあげる。


いつの間にかこんなにも高くなった視線。

でも今は、

そんなことも構ってなんかいられない。


「わかるはず、ない…」


あんたにわかるはずもない。


この一年余りの時間、

あたしがたった一人で育んできたもの。

何度も何度も、振り返って、

バカみたいだって自分で自分を罵倒して、


それでもどうしても捨てられなかった思い。


諦められなかった。

失くせなかった。

大事な、大事な気持ち。


「あたしは、アレクが好き」


好き――


そうよ、

好き、だけじゃない。


甘やかな感情の裏にあった、大きな不安と焦燥。

抉りだされた認めたく無かった感情。


あんたに…


「あんたなんかに、いわれるなんて…」


ギリッ…と強く奥歯を噛む。

そうしないと、もう、立ってなんかいられない。


わかってる。

わかってるんだ、何もかも。 

何もかも、わかってて、

それでも、あたしは――!


「はなしてよ…!」

「有里…!」

「放せ… 

放せ放せ、放せ!!」


泣き叫ぶあたしは剛史の大きな身体を渾身の力で押しのける。


引き剥がした力をそのままに家へ――

自分の逃げ場所へ走る。


慣れた仕草が動揺を押さえつけて、

迷うことなく鍵を開けられた事に感謝する。


ピシャ!


振り返る暇なんてないまま、引き戸を思いきり閉める。


ガタっ!


戸に外から手が当たるのを感じて大急ぎで鍵を掛ける。


「帰れ!」


「有里!」


「帰れ帰れ帰れ!!」


何度も何度も剛史があたしの名を呼ぶ声がしたけれど、

あたしは知らないふりで階段を駆け上がる。


勢いよくドアを開けて、飛び込んだ部屋にも鍵を掛ける。



ドンドンと打ち付けるのは、

自分の心臓の音なのか、

剛史があたしを呼ぶ声なのか。



荒れた息もそのままに、声が喉の奥から込み上げた。


「――っつ!!!!!」


悔しかった。

情けなかった。

悲しかった。

辛かった。


今まで抱えてきた全ての感情を爆発させるようにあたしは叫ぶ。

喉が詰まって、声にならない。

涙が、流れ落ちる。

止まらない。

止められない。


好き。

アレクが好き。


否定なんてしない。

なかった事になんかできない。


あたしの心を、

あたしが認めてあげなかったら、

だれがあたしをすくえるの…!


「アレ…ク… アレク、アレクアレク…」


呼んでも、決して応えてはくれない、

この世界にいてくれない人の名を、

ただ、くりかえしくりかえし。


閉じたドアの前にずるずるとしゃがみこんで。


あたしはただ、

アレクの名前だけを呼びながら、泣き続けた。






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