第4話 届かなかった手紙
書店での再会から一か月が過ぎた。
小畑辰巳は、あの日のことを何度も思い返していた。
不思議な再会だった。
謝罪もなかった。
許しもなかった。
責任についての話もなかった。
それでも、小畑の中で何かが少しだけ動いていた。
あの日以来、引き出しの中の手紙が気になり続けていた。
六年以上。
書いては消し。
書き直しては封をせず。
一度も送らなかった手紙。
ある日、小畑は仕事から帰ると、その封筒を机の上に置いた。
黄ばんではいない。
だが古い。
時間の重さが染み込んでいる。
封筒を開く。
最初の一枚。
そこには六年前の自分がいた。
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『広岡様
このたびは本当に申し訳ありませんでした。』
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ありふれた謝罪文。
しかし当時は、それしか書けなかった。
ページをめくる。
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『私は一生後悔して生きていきます』
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また別のページ。
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『どうかお許しください』
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小畑はそこで読むのを止める。
違う。
今の自分はそう思っていない。
許してほしいわけではない。
少なくとも、許しを求める資格が自分にあるとは思えなくなっている。
さらに後のページを見る。
数年前に書き直したもの。
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『私はあなたの人生を壊しました』
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また別の一枚。
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『謝罪が自己満足になっている気がします』
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文字が変わっている。
考え方も変わっている。
しかし完成には近づいていない。
むしろ遠ざかっているように見えた。
小畑は思う。
なぜ送れなかったのか。
最初は怖かった。
拒絶されるのが。
怒りを向けられるのが。
だが今は違う。
直美に会った今なら分かる。
送れなかった理由は別だ。
手紙を出した瞬間、
その手紙は「自分のもの」ではなくなる。
受け取るか。
捨てるか。
読むか。
読まないか。
そのすべてが相手の権利になる。
そして自分は何も選べなくなる。
それが怖かった。
夜。
田中平蔵から電話が来る。
「何してたんすか」
「手紙読んでた」
沈黙。
田中はすぐ意味を理解する。
「ああ……」
少し間。
「まだ持ってるんすね」
「持ってる」
田中は笑う。
「俺なら捨ててるかもしれない」
小畑は答える。
「俺は捨てられない」
田中はしばらく黙る。
そして言う。
「でもさ」
「出さないなら、それも一つの答えじゃないっすか」
小畑は何も言わない。
電話を切ったあとも、その言葉が残る。
出さない。
それも答え。
翌週。
白石夏美から連絡が来る。
結婚式の写真だった。
新郎新婦の笑顔。
小さな会場。
派手ではない。
しかし温かい。
《無事終わりました》
小畑は写真を見る。
そして返信する。
《おめでとう》
白石から返事。
《ありがとうございます》
続けて。
《翔平さんのことを忘れたわけじゃありません》
さらに。
《でも、ずっとそこにいるだけでもないんです》
小畑は画面を見つめる。
その言葉は深かった。
忘れない。
しかし留まり続けない。
その両方が必要なのだ。
夜。
小畑は再び机に向かう。
手紙を封筒へ戻す。
引き出しにしまう。
鍵をかける。
送らない。
少なくとも今は。
もしかすると一生送らないかもしれない。
それでもいいのかもしれない。
なぜなら、その手紙は謝罪文ではなくなっていた。
それは、
自分が何を見落としたのかを忘れないための記録になっていた。
届かなかった手紙。
しかし届かなかったからこそ、
残り続けるものもあるのだった。




