第1話 七回忌
六年が過ぎた。
時間だけを見れば長い。
だが小畑辰巳にとって、その六年は「遠くなった時間」ではなかった。
むしろ逆だった。
近くなっていた。
最初の一年は、毎日思い出した。
二年目は、思い出さない日があることに気づいた。
三年目は、そのことに罪悪感を覚えた。
四年目には、その罪悪感にも慣れ始めた。
五年目には、「慣れること」を恐れなくなった。
そして六年目。
広岡翔平の七回忌を迎える年になった。
朝。
小畑は仏花を持っていた。
墓参りに行くためではない。
行く資格があるとは思っていない。
ただ、家の仏壇に供えるためだった。
母が静かに言う。
「今年も行くのね」
小畑は頷く。
母はもう何も言わない。
裁判の頃は泣いていた。
怒っていた。
信じられないと言っていた。
だが六年という時間は、人を変える。
許したわけではない。
理解したわけでもない。
ただ、一緒に生きる方法を覚えただけだった。
会社では、小畑は管理職補佐になっていた。
昇進ではない。
責任範囲の拡大でもない。
ただ、長く働き続けた結果だった。
社内で事件を知る人は減っていた。
新入社員は知らない。
若手社員も知らない。
知っているのは、一部の古い社員だけ。
それでも小畑自身は忘れていない。
忘れられない。
昼休み。
田中平蔵からメッセージ。
《今日でしたね》
小畑は返す。
《ああ》
田中も六年間会社に残った。
結婚はしていない。
飲み会にも行かない。
以前のような荒っぽさは消えた。
田中から続く。
《七年か》
小畑は画面を見る。
七年。
長いようで短い。
短いようで長い。
《早いな》
送信。
田中から返事。
《俺は逆っす》
《まだ七年しか経ってない気がする》
その言葉に、小畑は何も返せなかった。
夕方。
白石夏美から連絡が来る。
珍しいことだった。
《翔平さんの命日ですね》
短い文章。
続けて。
《今日だけは毎年思い出します》
小畑は返信する。
《俺もだ》
白石から返事。
《忘れないことが償いじゃないと思うんです》
小畑は少し驚く。
白石は続ける。
《でも、忘れてしまったら何も残らない気もします》
その文章を、小畑は何度も読む。
夜。
帰宅。
机の引き出しを開く。
そこにはあの手紙がある。
六年前から出せなかった手紙。
一度も送られていない。
広岡直美宛て。
謝罪文。
説明。
後悔。
何度も書き直した跡。
小畑はそれを手に取る。
そして読み返す。
内容は古い。
今の自分とは違う。
書き直したい気持ちになる。
しかし、ふと思う。
たぶん、この手紙は完成しない。
六年前の後悔と、
今の後悔は違う。
来年の後悔も違うだろう。
だから完成しない。
だから送れない。
窓の外では夏の虫が鳴いている。
七回忌。
世間では一区切りと呼ばれる年。
しかし小畑には分かっていた。
区切りなど存在しない。
あるのは積み重なった時間だけだ。
そしてその時間の中で、
広岡翔平はずっと二十六歳のままだった。
小畑だけが歳を取る。
田中だけが歳を取る。
白石だけが歳を取る。
直美だけが歳を取る。
だが翔平だけは変わらない。
それが、
時間が終わらないということだった。




