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『酔いの連鎖』  作者: こうた
第6章 償い

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第10話 静かな継続

梅雨が明けかけた頃、街の色が少しだけ変わった。


湿度が抜け、光が戻り始めているのに、どこかまだ重さが残っている。


小畑辰巳は、その中を歩いていた。


会社では、もう大きな変化は起きていない。


田中平蔵は別拠点のまま。


市村敏弘とは業務連絡のみ。


白石夏美とのやり取りは、時々短い言葉が届く程度。


それが「安定」と呼ばれていた。


安定という言葉は、少しだけ皮肉だった。


午後の会議。


議題は業務改善。


その中で、ある資料が提示される。


「社内コミュニケーション指針(暫定版)」


小畑の指が一瞬止まる。


内容は抽象的だ。


・過度な飲酒文化の抑制

・個人意思の尊重

・場の同調圧力の可視化


誰かが作ったもの。


誰かのためのもの。


しかしその背景は明確だった。


発言者が小さく言う。


「過去事例を踏まえた対応です」


その一言で、会議室の空気が少し変わる。


誰も名前を出さない。


しかし誰も忘れていない。


議事は淡々と進む。


小畑は発言しない。


できないのではない。


必要がないと分かっている。


会議が終わると、上司が一言だけ言う。


「無理のない範囲で協力してください」


それは責任ではなく配慮だった。


夕方。


田中からメッセージ。


《なんかまたルール増えてるっすね》


小畑は返す。


《見た》


すぐ既読。


田中から続く。


《俺らの時代終わりましたね》


小畑は少し考える。


そして返す。


《終わったというより、変わっただけだ》


田中から返信。


《変わったって言い方、まだ救いありますね》


既読。


それ以上はない。


白石からもメッセージ。


《最近、飲み会完全になくなりました》


続けて。


《楽だけど、少し怖いです》


さらに一文。


《空気が変わると、人も変わるんですね》


小畑は画面を見る。


そして返す。


《人じゃなくて、場が変わる》


既読。


返信はない。


夜。


帰宅。


窓の外には夏の気配がある。


蝉の声はまだ弱い。


机に座る。


引き出しの中の手紙は、もう何度も触れていない。


それでも存在だけは残っている。


田中から最後のメッセージ。


《でもさ》


《俺らがいた場所って、もう戻らないっすけど》


間。


《それで良かったのかもしれないっすね》


小畑はその言葉をしばらく見つめる。


そして短く返す。


《分からない》


既読。


返信はない。


部屋の中は静かだ。


何かが終わったわけではない。


始まったわけでもない。


ただ、


静かな継続だけが残っている。


そしてその継続は、


もう誰の意志でも止められない場所にある。

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