第5話 それでも続く朝
朝は、相変わらずやってくる。
それが救いなのか、残酷なのかはもう分からない。
小畑辰巳は目を開ける。
天井。
いつもと同じ角度。
同じ光。
同じ静けさ。
それでも、目覚めの質だけが違う。
「昨日の続き」として始まる一日。
会社へ向かう準備をする。
ネクタイを締める手が、ほんの少し遅い。
駅までの道は変わらない。
同じ信号。
同じ交差点。
同じコンビニ。
それでも世界は少しだけ遠い。
職場に着くと、すでに数人が作業をしている。
軽い会釈。
必要最低限の挨拶。
それ以上はない。
それでいい。
いや、それしかない。
席に座ると、パソコンの画面が立ち上がる。
ログイン。
業務フォルダ。
制限付きアクセス。
“通常業務”という言葉が、もう別世界のように感じられる。
午前中、上司が短く声をかける。
「問題ないですか」
問題。
何を指しているのかは明確ではない。
仕事か。
生活か。
社会か。
小畑は答える。
「大丈夫です」
それは嘘ではない。
正確には、「崩れてはいない」。
それだけだ。
昼休み。
一人で弁当を食べる。
周囲の会話は聞こえる。
でも内容は入ってこない。
言葉は音として通過するだけだ。
そのとき、田中平蔵からメッセージ。
《今日は休みっす》
小畑は短く返す。
《そうか》
すぐ既読。
少しして田中から返事。
《たまに思うんすけど》
間。
《俺ら、まだ“あの夜”の中にいますよね》
小畑は動きを止める。
画面を見つめる。
“あの夜”。
過去の出来事のはずなのに、現在形で語られる違和感。
小畑はゆっくり返す。
《抜けてないな》
田中から返信。
《ですよね》
それだけ。
昼休みが終わる。
午後。
資料整理。
単純な作業。
ミスは許されない。
許されないというより、“目立たないこと”が求められている。
それは処罰ではない。
運用だ。
夕方。
帰り道。
空は少しだけ明るい。
春と夏の間の曖昧な光。
駅のホームで白石夏美からメッセージ。
《今日、普通に笑えました》
小畑は少し止まる。
《そうか》
短く返す。
白石から続く。
《でも、笑ってる自分が怖いです》
小畑はスマホを見つめる。
笑えることは回復ではない。
笑えないこともまた、回復ではない。
どちらも同時に存在する。
小畑は少し迷って返す。
《それでいいと思う》
既読。
返信はない。
電車が来る。
人が流れる。
座席に座る。
窓の外。
街が流れていく。
その中で、小畑は思う。
償いは「変わること」ではない。
変わり続けることでもない。
ただ、
変わってしまったままの日常を、
そのまま続けることだ。
そしてその続きには、
終わりという区切りは存在しない。




