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『酔いの連鎖』  作者: こうた
第4章 証言の中の自分

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第8話 消えない映像

深夜一時。


小畑辰巳は部屋の電気もつけず、机の前に座っていた。


パソコンの画面だけが暗闇を照らしている。


そこには、例の飲み会映像。


警察や弁護士に提出されたものとは別に、自分で確認用として渡された編集版だった。


本来なら、何度も見る必要はない。


むしろ見ない方がいいのかもしれない。


それでも、小畑は再生ボタンを押してしまう。


画面が動く。


笑い声。


店員の「お待たせしましたー」という声。


焼き鳥の皿。


普通の飲み会。


異常には見えない。


最初は。


小畑は映像の自分を見る。


大きな声で笑っている。


グラスを持ち上げている。


場を回している。


昔なら、“盛り上げ上手”だと思っていた姿。


今は違う。


調子を作る人間に見える。


空気を支配している人間に見える。


広岡翔平が映る。


最初は笑っている。


気を遣うように。


合わせるように。


小畑は一時停止する。


その顔を見つめる。


今なら分かる。


無理していた。


でも、あの時は分からなかった。


いや、気づいても流した。


再生。


『すみません、ちょっと弱くて……』


広岡の声。


その直後に自分の声が重なる。


『大丈夫だって、慣れだよ慣れ』


笑い声。


田中が「男なら」と言う。


市村が追加注文をする。


白石が苦笑いする。


誰も止めない。


小畑は映像を止める。


呼吸が浅い。


自分の声が、知らない人間みたいに聞こえる。


“慣れ”。


何に?


危険に?


苦痛に?


拒否を無視することに?


小畑は頭を抱える。


スマホが震える。


白石夏美。


《眠れないです》


短い一文。


小畑は少し迷って返信する。


《俺も》


既読がつく。


少ししてまた届く。


《映像、見ました》


小畑は画面を見る。


《見てる》


白石からすぐ返事。


《途中から、翔平さん笑ってないですよね》


小畑の手が止まる。


その通りだった。


笑っているように見えて、目だけが違う。


白石が続ける。


《あの時、なんで気づかなかったんでしょう》


小畑は返せない。


いや、違う。


気づかなかったのではない。


“流した”。


その方が正しい。


小畑はようやく打つ。


《気づいてたと思う》


送信。


しばらく返信がない。


やがて一通だけ届く。


《ですよね》


その二文字が重い。


認識してしまった瞬間、人はもう“知らなかった”側には戻れない。


小畑は再び映像を見る。


広岡が水を飲む。


顔色が悪い。


それでも周囲は笑っている。


自分も。


そこに悪意はない。


だからこそ恐ろしい。


“楽しい空気”のまま、人は人を追い詰められる。


小畑は気づく。


自分は、暴力をしている感覚がなかった。


だから止まらなかった。


もし殴っていたなら、異常だと分かった。


でもこれは違った。


笑いながら進んでいく。


だから境界を越えた。


映像の終盤。


広岡がうつむいている。


返事が遅い。


誰かが肩を叩く。


小畑の声。


『寝るな寝るな』


周囲の笑い。


その瞬間、小畑は耐えられなくなって画面を閉じる。


部屋が静かになる。


しかし耳の奥ではまだ笑い声が残っている。


消えない。


何度止めても。


何度目を閉じても。


あの夜は、映像の中で終わらずに再生され続けていた。

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