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『酔いの連鎖』  作者: こうた
第4章 証言の中の自分

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第4話 笑っていた側

映像は、何度見ても変わらなかった。


小畑辰巳は調査室のモニターを見つめたまま、目を逸らせなくなっていた。


音声付きの記録。


居酒屋の個室。


笑い声。


グラスの音。


油の弾ける音。


どこにでもある飲み会。


その普通さが異常だった。


調査官が静かに言う。


「今日は、行動分析を行います」


行動分析。


その言葉が妙に機械的で、小畑は逆に怖くなる。


映像が再生される。


広岡翔平が最初の一杯を持つ。


笑っている。


緊張しているようにも見える。


田中平蔵が肩を叩く。


『新人歓迎会みたいなもんだろ』


市村敏弘が笑う。


『今日は逃がさないっすよ』


その声に、周囲も笑う。


小畑は黙って見ている。


調査官が一時停止する。


「この時点で、拒否の兆候はありましたか」


小畑は答えられない。


映像の広岡は、小さく笑っている。


でも目は困っている。


今なら分かる。


当時は分からなかった。


いや、分かろうとしなかった。


調査官は再生を続ける。


広岡がグラスを置く。


『ちょっともう……』


その声に重なるように、自分の声が入る。


『まだいけるだろ』


周囲の笑い。


誰かが拍手する。


市村がグラスを注ぐ。


田中が「男なら」と笑う。


その一連が、切れ目なく続く。


調査官が止める。


「ここです」


部屋が静まる。


「この時点で、被害者の意思表示は明確です」


小畑は息を飲む。


画面の中の広岡は、もう笑っていない。


笑っているのは周囲だけだ。


つまり、自分たちだ。


調査官は静かに続ける。


「しかし場の空気は継続しています」


継続。


その言葉が重い。


止まらなかった。


誰も。


直美が後ろの席から映像を見ている。


声は出さない。


泣いてもいない。


ただ見ている。


その視線の存在が、小畑には耐え難かった。


調査官が言う。


「小畑さん、このとき何を考えていましたか」


沈黙。


小畑は映像の自分を見る。


笑っている。


楽しそうに。


何も起きないと思っている顔。


「……盛り上がってると思ってました」


自分で言って、胸が痛くなる。


調査官は確認する。


「つまり、危険認識は薄かった?」


小畑はすぐ答えられない。


薄かった。


でもゼロではない。


「……途中から、おかしいとは思いました」


直美の指がわずかに動く。


調査官が続ける。


「では、なぜ止めなかった?」


小畑は画面を見る。


笑っている自分。


笑っている田中。


笑っている市村。


沈黙している白石。


全員がそこにいる。


「……空気を止めたくなかった」


言った瞬間、自分で理解する。


それが一番醜い理由だと。


人の命より、場の流れを優先した。


調査官は静かに言う。


「つまり、“楽しい空気”を維持したかった」


小畑は何も言えない。


否定できない。


直美が初めて口を開く。


「翔平は、その空気のために死んだんですか」


その声は静かだった。


だからこそ重かった。


小畑は答えられない。


部屋の空気が止まる。


映像だけが続いている。


広岡がうつむく。


グラスが置かれる。


誰かが笑う。


誰かが注ぐ。


そして、誰も止めない。


調査官がモニターを止める。


静寂。


小畑は気づく。


自分は“飲ませた側”だっただけではない。


“笑っていた側”だった。


そしてその笑いは、


誰かの恐怖を飲み込んでいた。

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