第3話 切り離される声
翌日、小畑辰巳のスマホには、知らない通知が増えていた。
「関係者情報の整理について」
「供述補足依頼」
「次回聴取日程調整」
同じような言葉なのに、意味が少しずつ違う。
どれも“終わり”ではない。
むしろ続きだ。
田中平蔵からメッセージ。
《もう別々で動く感じですね》
市村敏弘。
《グループじゃなくなりましたねこれ》
白石夏美からは何も来ない。
その沈黙が、切断の証明のように思える。
小畑は椅子に座ったまま画面を見つめる。
“グループじゃない”。
その言葉が現実を形作っている。
同じ場にいた人間が、別々の物語に分かれていく。
午前10時。
再び弁護士事務所。
今度は部屋がさらに狭く感じる。
調査官はおらず、代わりに弁護士だけがいる。
そして机の上には新しい資料。
「責任配分整理案」
そのタイトルを見た瞬間、小畑の指が止まる。
配分。
それは数字ではなく、重さの分割だ。
弁護士が静かに説明する。
「本件は最終的に、関与度に応じて整理されます」
小畑は息を吸う。
「関与度……」
弁護士は頷く。
「発言、行動、時間的関与、制止の有無などで評価されます」
一つずつ列挙される。
それはまるで人間の分解だった。
田中は補助。
市村は同調。
白石は沈黙。
そして小畑は――中心。
弁護士は資料を指す。
「現時点の評価では、このようになります」
その一言が静かに落ちる。
小畑の胸の奥が冷たくなる。
“評価”。
それはまだ判決ではない。
しかし事実として扱われ始めている。
弁護士は続ける。
「ただし、修正の余地はあります」
その言葉に、わずかな救いを感じる。
だが次の言葉でそれは揺れる。
「ただし新証言が出た場合に限ります」
つまり、まだ動く。
まだ変わる。
まだ誰かの言葉で位置が変わる。
小畑は思う。
自分の立ち位置は固定ではない。
証言の重なりで変動する。
それは救いではなく不安だった。
外に出ると、雨が降っていた。
傘をさす人々。
濡れて歩く人。
誰もこちらを見ない。
その無関心が、かえって異物感を強める。
田中から電話。
「俺、もう示談書来ました」
小畑は足を止める。
「早いな」
田中は少し笑う。
「早いっていうか、切られた感じっす」
市村からもメッセージ。
《会社から正式に退職勧告来ました》
白石からは、ようやく一通。
《私は証言整理に入ります》
それぞれが別の段階にいる。
同じ出来事から、別のスピードで離れていく。
小畑は歩き出す。
駅のホームで、電車を待つ人々。
その中に自分だけが浮いているように感じる。
ふと気づく。
自分たちはもう“関係者”ではない。
“切り離された証言”だ。
そしてその証言は、誰かの判断材料になっていく。
電車が来る。
風が流れる。
その瞬間、小畑は理解する。
声はまだ残っている。
だが、その声はすでに持ち主から切り離されていた。




