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『酔いの連鎖』  作者: こうた
第3章 遺族の思い

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第6話 分岐する責任

翌朝、小畑辰巳は会社ではなく弁護士事務所に向かっていた。


もう「出社」という概念が薄れている。


同じ時間に同じ場所へ行くはずだった生活が、別の線にずれていった。


駅のホームはいつも通り混んでいる。


誰も彼の事情を知らない。


その無関心が、逆に救いでもあり、苦しみでもあった。


事務所のドアを開けると、空気が変わる。


静かで、冷たい。


弁護士はすでに資料を並べていた。


「今日は、あなたの立ち位置を整理します」


その一言で、小畑の胸が固くなる。


立ち位置。


もう“関係者”ではない。


“位置”として扱われている。


弁護士は淡々と続ける。


「遺族側は、主導的関与者としての責任追及を明確にしています」


小畑は息を吸う。


「主導的……」


弁護士は頷く。


「飲酒の開始、継続、促進の流れにおいて、中心的役割と見られています」


小畑の頭の中に、断片が浮かぶ。


最初の乾杯。


笑い声。


「いけるだろ」の自分の声。


止めなかった沈黙。


その全てが一本の線になる。


弁護士は資料を指す。


「ただし、責任は単独では成立しません」


その言葉に少しだけ救いを感じる。


しかし次の言葉でそれは消える。


「共同不法行為としての連帯責任です」


連帯。


それは逃げ道ではない。


むしろ絡め取る言葉だった。


弁護士は続ける。


「田中さん、市村さん、白石さん、それぞれに異なる関与が認定される可能性があります」


異なる。


その一言が重い。


全員同じではない。


全員別々に評価される。


小畑は気づく。


“順番”はすでに始まっているのではない。


“分岐”が始まっている。


弁護士が資料をめくる。


「映像、音声、証言を総合すると」


ページが止まる。


そこには、時系列が書かれていた。


・飲酒開始

・強要発言

・異常兆候

・放置時間

・救急要請遅延


小畑の目が止まる。


放置時間。


その言葉が刺さる。


何もしなかった時間が、数字として存在している。


弁護士は静かに言う。


「この時間帯における判断が、責任の重さを左右します」


沈黙。


判断。


その言葉は重い。


その場にいた全員に、同じ時間があった。


しかし使い方が違った。


弁護士は続ける。


「遺族側は特に、“最初の促進行為”を重視しています」


小畑の呼吸が止まる。


最初。


またその言葉。


全ての起点。


そこに自分がいる可能性。


弁護士は続ける。


「ただし、田中さんや市村さんの発言も補助的証拠として扱われています」


補助。


その言葉で責任が分散される。


しかし軽くはならない。


むしろ全員が絡む。


逃げられない形になる。


小畑は机を見つめる。


「……俺だけが、中心になるんですか」


弁護士は一瞬黙る。


「現時点では、その可能性が高いというだけです」


その“だけ”が重い。


事実と評価の境界が曖昧になる。


事務所を出ると、空は少し明るかった。


でもそれが逆に現実的だった。


世界は何も止まっていない。


ただ、自分の側だけが分岐している。


スマホが震える。


田中。


《俺、示談の方向っす》


市村。


《会社辞めるかも》


白石。


未読のまま。


全員が別の道に進み始めている。


小畑は思う。


同じ夜だったはずなのに。


同じテーブルだったはずなのに。


今はもう、違う物語になっている。


そのとき、背後で弁護士の言葉が残る。


「ここから先は、個人の判断になります」


個人。


その言葉が、最後の分岐点だった。

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