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『酔いの連鎖』  作者: こうた
第3章 遺族の思い

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第4話 線が引かれる音

翌朝、小畑辰巳は目を開けた瞬間から胸が重かった。


眠った感覚がない。


夢と現実の境目が曖昧なまま朝になっている。


スマホの画面には、不在着信とメッセージが並んでいた。


田中平蔵

市村敏弘

佐伯光

会社法務部


そして、最後に知らない番号から一通だけ短いメッセージ。


《本日、弁護士面談を行います》


小畑はしばらくその文字を見つめた。


“弁護士”。


その言葉が一気に現実を引き寄せる。


ただの飲み会の話ではなくなった。


ただのミスでもない。


法の領域に入ったということだ。


テレビをつける。


昨日と同じニュース。


しかし見出しが変わっている。


《飲み会死亡事案 遺族側が法的措置へ》


小畑はリモコンを置く。


もう情報を増やしたくない。


それでも世界は勝手に進んでいく。


午前10時。


会社の会議室。


そこには昨日とは違う空気があった。


机の配置は同じなのに、距離が遠い。


弁護士が二人座っている。


その横に人事部長。


そして小畑たち。


小畑は椅子に座るとき、わずかに手が震えた。


弁護士の一人が静かに言う。


「本日は、遺族側代理人からの請求内容について説明します」


紙が配られる。


その一枚を受け取った瞬間、小畑の視線が止まる。


“損害賠償請求”


金額は書かれていない。


しかし、それ以上に重いものがある。


「責任の所在の明確化」


その文字。


明確化。


つまり、“誰がどれだけ関わったか”をはっきりさせるということだ。


田中が小さく呟く。


「始まったっすね……」


誰も返さない。


弁護士は続ける。


「遺族側は、当日の飲酒行為における主導的関与者の特定を求めています」


主導的関与者。


その言葉で、小畑の呼吸が浅くなる。


名前が変わるだけで、意味が変わる。


“中心にいた人間”として扱われる可能性。


弁護士は資料をめくる。


「また、飲酒制御が可能であったかどうかも争点になります」


白石が目を伏せる。


市村が椅子に深く座る。


田中は小さく笑おうとしてやめる。


空気が重くなる。


弁護士が淡々と続ける。


「現時点の情報では、複数人に責任分担の可能性があります」


その言葉で、“全員同じ”という幻想が崩れる。


誰がどれだけ重いのか。


誰が中心なのか。


分けられる。


切り分けられる。


小畑はそれを感じた瞬間、胃が冷たくなる。


次に何が来るか、分かってしまう。


弁護士は静かに言う。


「今後は、個別ヒアリングに移行します」


田中が小さく声を出す。


「個別ってことは……」


誰も答えない。


その沈黙が答えだ。


会議の後、廊下に出る。


誰も話さない。


話せない。


小畑は窓の外を見る。


いつもと同じ街。


でも距離がある。


市村がぽつりと言う。


「俺ら、分けられるんすね」


その言葉は冗談ではない。


田中が低く言う。


「順番来るってことか」


その“順番”という言葉がまた重い。


白石は何も言わない。


ただ手を握っている。


小畑は気づく。


昨日までの“全員の問題”は、もう存在していない。


これからは個人の問題になる。


そして個人の問題は、個人ごとに重さが違う。


その瞬間、遠くでコピー機の音がする。


普通の音。


でももう、その音すら別世界に感じる。


小畑は思う。


線が引かれた。


そしてその線の内側で、一人ずつ順番に裁かれていく。

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