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『酔いの連鎖』  作者: こうた
第2章 責任は誰にある?

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第4話 証言の中の自分

警察署の会議室には、資料が増えていた。


飲み会の参加者一覧。


店の防犯カメラの時系列。


注文履歴。


救急搬送記録。


そして、複数の証言調書。


それらが並ぶ机の上で、小畑辰巳は黙って座っていた。


昨日とは違う席順。


田中平蔵、市村敏弘、白石夏美、佐伯光。


全員が同じ部屋にいる。


だが視線は交わらない。


交わせない。


刑事が書類をめくる音だけが響く。


「では、順番に確認します」


淡々とした声。


「広岡翔平さんへの飲酒の経緯について」


小畑は息を飲む。


ここからは、“自分の記憶”が“証拠”になる。


刑事は最初に田中を見る。


「田中さん、あなたの認識では、被害者の方は飲酒に対してどういう状態でしたか」


田中は少し沈黙したあと、言う。


「……あんまり強くなかったっす」


軽い言葉。


だが、もう軽くは聞こえない。


「止める必要性は感じましたか」


田中は視線を落とす。


「正直、そこまで考えてなかったです」


次に市村。


「潰すとか、そういう発言は?」


市村は一瞬笑いかけて止める。


「冗談っす」


その言葉が、部屋に落ちる。


冗談。


その一言が、どれだけ重いか全員が理解している。


次に白石。


声が震えている。


「広岡さんは何度も断っていました」


刑事は頷く。


「それでも飲酒は続きましたか」


白石は答える。


「……はい」


沈黙。


次に、小畑。


刑事の視線が真正面から来る。


逃げ場がない。


「小畑さん」


「はい」


「あなたは被害者の方に対して、どの程度飲酒を勧めましたか」


“勧めた”。


またその言葉。


小畑は一度息を吸う。


「……何度か」


「具体的には?」


記憶が映像のように流れる。


グラスを置いた。


笑った。


「いけるだろ」と言った。


「あと一杯」と言った。


沈黙。


「……複数回です」


刑事はメモを書く。


紙の音。


その音が、罪の記録に聞こえる。


次の質問。


「途中で、異常を感じた場面はありましたか」


小畑は少し黙る。


異常。


あった。


何度も。


顔色。


嘔吐。


呂律。


呼吸。


「……ありました」


「それでも継続された理由は?」


また同じ問い。


理由。


小畑は喉が詰まる。


「……止めるタイミングを逃しました」


刑事は視線を動かさない。


「逃した、ですか」


「はい」


「その後、救急要請までの判断は誰がしましたか」


沈黙。


誰が。


誰か。


いや。


全員だ。


誰も言わなかった。


だから言えなかった。


「……全員です」


その言葉で、空気が変わる。


刑事は静かに言う。


「全員、ということは、個別の責任判断がなかったという理解でいいですか」


小畑は頷く。


その瞬間、初めて理解する。


“全員”という言葉は、責任を消さない。


むしろ分割して、逃げ場をなくす。


刑事は次の資料を出す。


防犯カメラ映像のスクリーンショット。


広岡がふらついている。


座り込む。


支えられている。


その横で笑っている自分たち。


その画像を見た瞬間、小畑の胃が締まる。


「この状況で、危険性は認識できなかったと?」


刑事の声は変わらない。


だが、その内容は鋭い。


小畑は答えられない。


認識していた。


でも、認めなかった。


その違いが、今さら重くなる。


田中が小さく言う。


「……普通の酔いだと思ってました」


刑事はすぐ返す。


「医学的な知識はありますか」


田中は黙る。


ない。


それでも、人は判断してしまう。


白石が震えながら言う。


「でも……あの時は本当に……」


言葉が続かない。


“本当に危険だった”。


その事実を言うことが、恐怖になる。


刑事は淡々とまとめる。


「つまり、全員が異常を認識しながら、明確な対応を取らなかった、ということですね」


その一言で、部屋が静まる。


“認識しながら”。


そこが核心だった。


知らなかった、ではない。


見ていた。


気づいていた。


それでも動かなかった。


小畑は机を見つめる。


そこに映る自分が、別人のように感じる。


笑っていた自分。


煽っていた自分。


止めなかった自分。


その全部が、同じ人物だと突きつけられる。


刑事は最後に言う。


「では次に、飲酒の強要性について整理します」


強要。


またその言葉。


それはもう、単なる飲み会の記録ではない。


事件の定義だった。


小畑は初めて思う。


これは“過去の話”ではない。


今、自分が作っている現実だ。

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