第二十二話 師範代の修行
師範代が川へ手を入れる。
ぽちゃん――。
静かだった水面が揺れた。
すると。
ブクブクブクブク――。
川の水が泡立ち始める。
「えっ?」
次の瞬間だった。
ざぱぁぁぁん!!
大量の水が空へ舞い上がる。
「うわぁっ!?」
俺は思わず後ずさった。
目の前で川の水が形を変えていく。
長い胴体。
鋭い牙。
巨大な翼。
そして圧倒的な存在感。
まるで生きているかのような巨大なドラゴンが現れた。
「な、なんだこれ!?」
俺が驚いていると、師範代は平然と言った。
「何をそんなに驚いておる」
「全部ただの水じゃ」
「は?」
「魔力操作を極めればこの程度は朝飯前じゃ」
そう言いながら師範代は水竜を自由自在に操っている。
ドラゴンは空を泳ぐように動き回り、まるで本物の生き物のようだった。
「これがお前の最初の修行じゃ」
師範代が俺を見る。
「普通の者なら数時間で魔力切れになる」
「じゃがお前なら一日中続けても倒れんじゃろ」
確かに。
魔力量だけは自信がある。
「これを一週間で習得しろ」
「えっ」
「そしてその次は剣術じゃ」
師範代がニヤリと笑う。
「剣術に関しては一ヶ月」
「気合い入れろよ、たくま」
「わしに教えを請うたんじゃ」
「本気で鍛えてやる」
嫌な予感しかしない。
「そうだな」
師範代は少し考える。
「目標はダンジョンブレイクを一人で止められるくらいじゃな」
「無理ですよ!」
即答だった。
「俺、前兆のダンジョンブレイクで死にかけたんですよ!?」
「無理だろって思ったじゃろ?」
師範代が笑う。
「わしの剣術はその辺の剣術とは格が違う」
そう言って俺の腰を見る。
「お前、その腰につけておるのは剣ではなく刀じゃろ?」
「あっ」
そうだった。
白夜を使うために刀を買っていたんだった。
「はい」
俺が頷く。
すると師範代も腰の刀を軽く叩いた。
「実はわしも刀使いじゃ」
「お前の刀と、その才能に惹かれて声をかけた」
そうだったのか。
「よし」
師範代が川を指差す。
「まずは水を自由自在に動かしてみろ」
「はい!」
なんだか楽しくなってきた。
---
一方その頃。
「たくまー!!」
宿ではアレナが叫んでいた。
「どこなのじゃー!!」
部屋の中を走り回る。
「我を置いてどこへ行ったのじゃー!!」
半泣きである。
「まさか婚約破棄なのかー!!」
誰とも婚約していない。
「我のことはもう好きじゃなくなったのかー!!」
大好きである。
「たくまー!! 会いたいのじゃー!!」
完全にパニックだった。
---
そんなこととは知らず。
「うーん……」
俺は川の前で唸っていた。
魔力を流そうとしても上手くいかない。
流した瞬間に全部水へ吸われてしまう。
「なんだこれ」
「難しすぎるだろ」
だが俺には一つだけ有利なことがあった。
魔力が見える。
属性看破の進化によって魔力を視覚化できるようになっている。
だから普通の人よりやりやすいはずだ。
「ん?」
師範代が首を傾げる。
「たくま」
「お前、魔力が見えておるのか?」
「えっ」
なんでバレた。
「なんでわかったんです?」
「今、お前」
師範代が苦笑する。
「魔力で獣人の形を作ったじゃろ」
「あんな芸当、見えておらねばできん」
「あ」
確かに。
暇だったからアレナを作っていた。
「せっかくだしアレナを作ろうかなって」
「なるほどな」
師範代が大きく頷く。
「なら一週間もいらん」
「今日でいけるぞ」
「マジですか!?」
「コツを教えてやる」
師範代は川を指差した。
「属性変換するときの感覚を思い出せ」
「魔力と水を一緒に動かすイメージじゃ」
言われた通りにやってみる。
すると。
水が少しずつ形を変え始めた。
「おおっ!」
耳。
尻尾。
小さな身体。
見慣れた姿が現れる。
「アレナだ!」
水でできたアレナが完成した。
「まぁ及第点じゃな」
師範代が頷く。
「初日にしては悪くない」
思わずガッツポーズが出る。
「よし」
師範代が立ち上がった。
「今日はここまでじゃ」
「明日から剣術と身体強化も教える」
「またここへ来い」
「はい!」
俺は元気よく返事をした。
---
気付けば空は真っ暗だった。
「疲れたなぁ……」
宿へ向かう。
「ただいまー!」
勢いよく扉を開けた。
すると。
「たくま」
低い声が聞こえた。
アレナだ。
笑っている。
だが目が笑っていない。
「どこに行っていたのじゃ?」
怖い。
とても怖い。
「もしかして我に黙って他のメスと遊んでおったのか?」
「違う違う!」
俺は慌てて首を振った。
「昨日話した師範代だよ!」
「その人と修行してたんだ!」
「ほんとう?」
「本当!」
必死に説明する。
しばらく見つめた後。
アレナはほっと息を吐いた。
「ならよいのじゃ」
耳がぴょこんと立つ。
「次からはちゃんと言っていくのじゃぞ」
「起きたらたくまがおらんかったから」
「我は捨てられたのかと思ったのじゃ……」
少しだけ胸が痛くなる。
「ごめん」
「次からはちゃんと言うよ」
「うむ」
アレナは小さく頷いた。
そして。
俺の腕にぎゅっと抱きつく。
「今日は罰じゃ」
「罰?」
「そうじゃ」
アレナは胸を張った。
「今日はずっと隣にいるのじゃ!」
「それ罰か?」
「罰なのじゃ!」
尻尾がぶんぶん振られている。
全然怒っていない。
「わかったよ」
「今日はアレナの隣な」
「うむ!」
アレナは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ていると。
今日の疲れが少しだけ軽くなった気がした。
明日からは本格的な修行が始まる。
もっと強くなるために。
守りたいものを守るために。
俺は静かに決意を新たにした。




