第二十三話 師範代の過去
「アレナ、行ってくるよ」
「うむ。頑張ってくるのじゃぞ、たくま」
「言われなくても頑張るよ。じゃあまたね」
「うむ。またなのじゃ」
俺はアレナに手を振り、訓練場へと向かった。
◇
「おはようございます、師範代!」
「よう。昨日ぶりじゃな」
師範代は腕を組みながら俺を見る。
「昨日は剣術を教えるのに一か月と言ったが、お主は魔力コントロールがそこそこ出来ておる」
「だから三か月で、お主を一人前にしてやる」
「まぁ、剣士というより侍じゃがな」
そう言って豪快に笑った。
この世界にも侍がいるのか。
刀があるんだからいても不思議じゃないか。
「それよりもじゃ」
師範代の表情が少し真面目になる。
「お主、氷属性なんじゃよな?」
「はい」
「今までどうやって戦っておった?」
「氷で武器を作って戦っていました」
その瞬間、師範代の顔が固まった。
「……本気で言っとるのか?」
「はい」
しばらく沈黙。
そして。
「お主、それは悪手すぎるわ!」
思わず肩が跳ねる。
「身体強化も分かっておらん。戦闘経験も浅い。ましてや武器を扱った経験もほとんどないじゃろう?」
「はい……」
「なのに使い方も分からん武器を作って戦う?」
師範代は呆れたように頭を抱えた。
「そんなもの下手をすれば死んどったぞ」
「お主が生き残れたのは、その膨大な魔力量のおかげじゃ」
俺は何も言い返せなかった。
言われてみればその通りだ。
今までの俺は力任せに魔法を振り回していただけ。
戦い方なんて考えたこともなかった。
「お主は技量ではなく質量で戦っとった」
「だから今からお主に教える」
師範代は腰の刀に手を添えた。
「わしの剣術をすべてじゃ」
空気が変わる。
一瞬で周囲が張り詰めた。
「お主は氷で刀を作る」
「そして剣術、魔力量、魔力コントロール」
「その全てを合わせれば――」
師範代は不敵に笑った。
「誰にも負けぬ強者になれるじゃろう」
胸が高鳴る。
強くなれる。
もっと。
もっと強く。
そう思った時だった。
「それとじゃ」
師範代が静かに言う。
「力を手に入れて、お主はどうする?」
「何のために使う?」
何のために。
そんなもの決まっている。
俺は拳を強く握り締めた。
「もう大切な人を目の前で傷つけられないためです」
俺の答えを聞いた師範代は目を閉じる。
そしてゆっくり頷いた。
「そうか」
「誰かのため、か」
どこか安心したような声だった。
「それを聞けて安心したわい」
しかし次の瞬間。
師範代の表情に影が落ちた。
「あいつと同じ道は辿ってほしくないからのう……」
あいつ?
誰のことだろう。
「その人は誰なんですか?」
俺が尋ねると、師範代はしばらく黙り込んだ。
風だけが静かに吹く。
やがて師範代は小さく息を吐いた。
「言っておらんかったか」
「はい」
「そうか」
その顔は寂しそうで。
悔しそうで。
そしてどこか自分を責めているようにも見えた。
「いい話ではない」
「だが、お主も聞いておいた方がよいじゃろう」
師範代は空を見上げる。
まるで遠い昔を思い出すように。
「昔の話じゃ」
「わしには弟子がおった」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
師範代ほどの実力者だ。
弟子がいても不思議ではない。
だが。
なぜこんな顔をする?
「そやつはな――」
師範代は拳を握り締めた。
「わしが今まで見てきた中で、最も才能に恵まれた侍じゃった」
その声には誇りと後悔が混じっていた。
そして俺はまだ知らない。
その男が。
後に世界を震撼させる存在になることを。




