第1巻・第6話「裏路地の各個撃破」
50人の私兵たちはもはや恐怖を超え畏怖に近い感情になった
月明かりさえ届かない、廃墟街の不気味な裏路地。
張り巡らされた闇の奥から、無数の値踏みするような視線が刺さる。ここを縄張りにする追い剥ぎどもは、総勢四十人。対する稲川翔が連れてきたのは、わずか十人の私兵だった。
「シイナから聞いたが、奴らには団結とか連携はねえ。ただ食い詰めた奴らが同じ場所に集まってるだけだ。……まあ、上手く交渉られりゃ一番いいんだがな」
着流しの懐に手を入れ、煙草をくわえながら歩く翔の背中に、連れてこられた手下の一人が青ざめた顔で囁いた。
「た、ただボス……相手は四十人、こっちは十人ですよ。こんな圧倒的な劣勢の状況で、あのクズどもが本当にこっちの下に付きますかね……?」
「まあまあ、お前ら見てな。ただ、いつでも飛び出せる用意と心構えだけはしておけ」
「は、はい、ボス……!」
手下たちは喉を鳴らし、武器を握る手に力を込めた。狂気の沙汰だ。しかし、この黒髪の極道には、すでに勝機が見えていた。団結力のない四十人など、裏社会の組織戦を極めた翔から見れば、ただの「肉の塊」の集まりに過ぎない。
――そして、翔の読み通り、裏路地の奴らに連携は一切なかった。
迷路のように入り組んだ狭い路地。それは、数に勝る側にとっては自らの足を引っ張り合う障害物でしかなく、戦術を知る翔にとっては格好の「処刑場」だった。
「よし、ここからは数の暴力を封じる。十人を、四人と、四人と、二人に分ける。四人ずつで班を組め。俺はこっちの二人を連れていく」
翔は即座に十人の私兵を分割し、路地のあちこちへ散開させた。狙うは『各個撃破』。敵が四十人まとめて襲ってこられない狭さを利用し、孤立した数人ずつを確実に、冷酷に、順番に狩り取る作戦だ。
「おい、お前ら! 誰に断ってここに――」
暗闇から現れた三人ほどの追い剥ぎが声を上げた瞬間、翔の背後にいた四人の私兵が牙を剥いた。
「オラァッ!」
「ひっ――ぎゃあぁっ!?」
数の優位を完全にひっくり返された追い剥ぎどもが、悲鳴を上げて崩れ落ちる。
ある路地では四人がかりで一人を袋叩きにし、またある路地では、逃げようとした奴の退路を先回りして完全に圧殺する。翔の徹底した「合理的かつ容赦のない各個撃破」により、裏路地の勢力図は次々と塗り替えられていった。
キィン、と硬質な金属音が闇に響く。
翔自身も、長ドスを一閃させ、不意打ちを狙った敵の武器を叩き折って顎を蹴り上げていた。白目を剥いて転がる男を見下ろし、翔は満足そうに煙草の煙を吐き出す。
「いい感じだ」
稲川翔と十人の私兵たちが、入り組んだ裏路地を鮮やかに制圧してから数時間後。
狭い路地の中心にある小さな広場には、冷たい夜風が吹き抜けていた。
「おい。伸した奴ら、一箇所に集めろ」
「へい!」
手下たちは小走りで動き、自分たちや翔が容赦なく叩き伏せた追い剥ぎどもを引きずってきた。およそ四十人の男たちが、地面に冷たく転がされている。すでに何人かは意識を取り戻し、痛みに呻きながら、怯えた目で翔を見上げていた。
翔は転がる男たちの前に立ち、懐からタバコを取り出して火をつけた。紫煙をくゆらせながら、冷徹な眼光で彼らを見下ろす。
「――この裏路地は、本日を持って俺たちの所有物となった」
その一言に、意識のある追い剥ぎたちが息を呑む。翔は淡々と、だが一切の慈悲のない声で言葉を続けた。
「君たちにはとても残念だが、選択肢をやる。……ここから何も持たずに今すぐ出て行くか、それとも、ここで俺たちに殺されるかだ」
その瞬間、追い剥ぎたちの間に絶望的な震えが走った。
この泥沼の戦乱の世、この街の裏路地を追い出されれば、待っているのは行き倒れて餓死するか、山賊に殺される未来だけだ。もうここ以外に居場所など無い。だが、目の前の黒髪の「本物の怪物」に逆らえば、今この瞬間に確実に首を刎ねられる。
逃げ場のない圧倒的な恐怖が、四十人の胸を締め付けた。
全員が死を覚悟し、絶望に顔を歪めたその時――翔はフッと声を和らげ、煙を吐き出した。
「……ただ、君たちにも事情があるのだろう。この地獄の世の中だ、生きるために戦うしかないってことは、俺もよく分かってる」
追い剥ぎどもが、驚いたように顔を上げる。
「もし、お前らが俺のために働くっていうなら――ここに残ってもかまわない。居場所も命も、俺が保証してやるよ。まあ、定期的に上がり(みかじめ料)はもらうがな」
「え……?」
男たちの目に、一筋の希望の光が差した。
「い、いていいのか……? あんたのために働けば、それで良いのか……!?」
「もちろんだ」
翔は獰猛な笑みを浮かべ、ナガドスを美しく鞘に収めた。
「話が早くて助かる。お前ら全員、今日から俺の『身内』だ」
「あ、ありがとうございます……! ありがとうございます、ボス……!」
さっきまで殺されかけていたはずの悪党どもが、今や涙を流して翔の足元に跪き、忠誠を誓っている。恐怖のどん底に落とした直後に与えられた「救済」。ヤクザの冷徹な統治ロジックの前に、裏路地の四十人は完全に掌握された。
――これで、当初五十人だった翔の私兵は、酒場の荒くれ者四十人、そして裏路地の追い剥ぎ四十人が加わり、一気に総勢百三十人の大組織へと膨れ上がった。
千人の避難民がひしめくこの廃墟街において、もはや単なる「新参の徒党」の域を完全に超えている。
「さて……」
翔は夜空を見上げ、不敵に笑った。




