↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/43

第1巻・第4話「狂言と待ち伏せ」

シイナもしっかり総長として威厳が出てきています

シイナの的確な案内と、稲川翔が植え付けた絶対的な恐怖の統制によって、五十人の追い剥ぎたちは見事なまでに良く働いた。

 元学者のシイナも、最初は怯えていたものの、今や立派な「総長」として荒くれどもに指示を飛ばしている。戦利品を最も高く捌くルートを構築したおかげで、手元の資金はまあまあ、組織の軍資金と呼べるレベルまで増えてきていた。

(組織の骨組みはできた。資金も回るようになった。……なら、そろそろ手下の補充(増員)がしたいな)

 次なる標的は、廃墟街の三勢力の一つ。あの論外だと切り捨てた「酒場の荒くれ者」どもだ。

 いくら規律のない野良犬とはいえ、数だけはいる。あれを丸ごと飲み込めば、一気に兵力は倍以上になる。

 だが、チートのない翔が真っ向から大人数を相手にするのは効率が悪い。極道の戦いとは、常にハメ手と奇襲、そして「数の優位」を強引に作り出す知略にある。

「――よし、シイナ。大捕物の準備だ」

 翔が仕掛けた作戦は、あまりにも泥臭く、そして完璧な罠だった。

 その日の夜。廃墟街の薄汚れた酒場に、着流し姿の翔が単身で乗り込んだ。

 酒場の荒くれ者を率いる大男のボスに対し、翔はわざとらしく不遜な態度で挑発を吹っ掛けた。当然、激怒したボスと殴り合いの大喧嘩に発展する。

「オラァッ! どこの馬の骨だか知らねえが、調子に乗ってんじゃねえぞ!」

 ボスの放った大振りの拳が、翔の頬をかすめる。

 まともにやれば一瞬でドスを突き立てられる相手だった。だが、翔は痛がる素振りを見せながら、あえて大袈裟に床へ転がった。

「ぐっ……チッ、こいつは敵わねえ! ズラかるぞ!」

 懐のナガドスを抜くこともせず、翔は情けなく背中を向けて酒場から逃げ出した。

「ハッ、口ほどにもねえ腰抜けが! 逃がすかよ野郎ども、追えっ! 叩き潰して身ぐるみを剥ぎ取れ!」

 勝利を確信したボスと、酒の勢いで完全に理性を失った数十人の荒くれ者たちが、歓声を上げて翔の後を追う。一糸乱れぬ足取りで、翔が逃げ込んだのは、街の路地裏にある広大な崩れかけの石造りの建物だった。

「待てコラァ! 袋小路に逃げ込みやがって――」

 ボスを先頭に、荒くれ者たちがドカドカと建物の中へなだれ込む。

 だが、彼らが足を踏み入れた瞬間、建物の入り口の扉が背後で重々しく閉ざされた。

「……あ?」

 荒くれ者たちの足が止まる。

 暗がりの建物の奥から、無数の足音が響き、松明の火が一斉に灯された。

 そこに待ち受けていたのは、シイナが率いる、完全に武装した五十人の私兵たちだった。

 彼らは一分の隙もなく、逃げ道を塞ぐように荒くれ者たちをぐるりと完全包囲していた。手には戦場から回収した、研ぎ澄まされた刃が握られている。

「よお。よく来てくれたな、泥棒猫の皆さん」

 さっきまで情けなく逃げていたはずの翔が、包囲の中心でふっと冷酷な笑みを浮かべ、懐から煙草を取り出して火をつけた。その佇まいには、先ほどまでの弱々しさなど微塵もない。圧倒的な「首領」の貫禄がそこにあった。

 ジャキ、と五十人の私兵が一斉に武器を構える。

「ひっ……!? な、なんだこれ……!?」

「追い剥ぎの奴らじゃねえか! なんでこんな統率が……」

 冷たい鉄の匂いと、逃げ場のない死の恐怖。

 さっきまで大声を上げていた荒くれ者たちの酔いは、その瞬間、全員漏れなく完全に冷め切っていた。

完全に包囲され、逃げ場を失った酒場の荒くれ者たち。

 翔は紫煙をくゆらせながら、怯え震える男たちを見下ろし、冷酷な二者択一を突きつけた。

「さあさあ、お前らには今、二つの道がある。……俺の下について忠誠を誓うか? それとも、ここで俺のガキどもと殺し合うか? 選べや」

 その圧倒的な威圧感に大半の者が腰を抜かす中、先頭に立つ酒場のボスだけは、プライドからか顔を真っ赤にして怒鳴り返した。

「おい! 誰がどこの馬の骨とも知れねえ新参者に忠誠を誓うだと!? 笑わすなゴラァッ!」

「そうかい。まあ、そう言うと思ったよ」

 翔はフッと笑い、手元で短くなった煙草を床に投げ捨て、靴の先で踏み消した。そして、一歩前へと進み出る。

「じゃあ、こういうのはどうだろう。――『一騎討ち』ってのは。互いに武器は無し、拳と拳の殴り合いだ。もし俺が負けたら、俺もこの五十人の兵隊も、全部お前の下に付いてやる」

「……何だと?」

 ボスの目がぎらりと光った。

「だが、俺が勝ったら――お前も、その手下どもも、全員まとめて俺の下に付け。いいな?」

 チート能力を持たない翔が提案した、あまりにも無謀に見えるステゴロ(素手喧嘩)の提案。背後に控えるシイナが「い、稲川さん!?」と青ざめたが、翔は手でそれを制した。

 ボスの男は、翔の細身の体躯と、先ほど酒場で情けなく逃げ回っていた姿を思い出し、勝機を確信して下卑た笑みを浮かべた。

「ふん、いいだろ! 殴り合いにだけは自信があるんだ。後悔するなよ新参者ぁッ!」

「そっちこそ。新参者に負けて、恥かきんじゃねえぞ」

 翔は着流しの袖を荒々しく捲り上げ、低く身を構えた。


酒場といったら殴り合いですよね

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。