第1巻・第4話「狂言と待ち伏せ」
シイナもしっかり総長として威厳が出てきています
シイナの的確な案内と、稲川翔が植え付けた絶対的な恐怖の統制によって、五十人の追い剥ぎたちは見事なまでに良く働いた。
元学者のシイナも、最初は怯えていたものの、今や立派な「総長」として荒くれどもに指示を飛ばしている。戦利品を最も高く捌くルートを構築したおかげで、手元の資金はまあまあ、組織の軍資金と呼べるレベルまで増えてきていた。
(組織の骨組みはできた。資金も回るようになった。……なら、そろそろ手下の補充(増員)がしたいな)
次なる標的は、廃墟街の三勢力の一つ。あの論外だと切り捨てた「酒場の荒くれ者」どもだ。
いくら規律のない野良犬とはいえ、数だけはいる。あれを丸ごと飲み込めば、一気に兵力は倍以上になる。
だが、チートのない翔が真っ向から大人数を相手にするのは効率が悪い。極道の戦いとは、常にハメ手と奇襲、そして「数の優位」を強引に作り出す知略にある。
「――よし、シイナ。大捕物の準備だ」
翔が仕掛けた作戦は、あまりにも泥臭く、そして完璧な罠だった。
その日の夜。廃墟街の薄汚れた酒場に、着流し姿の翔が単身で乗り込んだ。
酒場の荒くれ者を率いる大男のボスに対し、翔はわざとらしく不遜な態度で挑発を吹っ掛けた。当然、激怒したボスと殴り合いの大喧嘩に発展する。
「オラァッ! どこの馬の骨だか知らねえが、調子に乗ってんじゃねえぞ!」
ボスの放った大振りの拳が、翔の頬をかすめる。
まともにやれば一瞬でドスを突き立てられる相手だった。だが、翔は痛がる素振りを見せながら、あえて大袈裟に床へ転がった。
「ぐっ……チッ、こいつは敵わねえ! ズラかるぞ!」
懐のナガドスを抜くこともせず、翔は情けなく背中を向けて酒場から逃げ出した。
「ハッ、口ほどにもねえ腰抜けが! 逃がすかよ野郎ども、追えっ! 叩き潰して身ぐるみを剥ぎ取れ!」
勝利を確信したボスと、酒の勢いで完全に理性を失った数十人の荒くれ者たちが、歓声を上げて翔の後を追う。一糸乱れぬ足取りで、翔が逃げ込んだのは、街の路地裏にある広大な崩れかけの石造りの建物だった。
「待てコラァ! 袋小路に逃げ込みやがって――」
ボスを先頭に、荒くれ者たちがドカドカと建物の中へなだれ込む。
だが、彼らが足を踏み入れた瞬間、建物の入り口の扉が背後で重々しく閉ざされた。
「……あ?」
荒くれ者たちの足が止まる。
暗がりの建物の奥から、無数の足音が響き、松明の火が一斉に灯された。
そこに待ち受けていたのは、シイナが率いる、完全に武装した五十人の私兵たちだった。
彼らは一分の隙もなく、逃げ道を塞ぐように荒くれ者たちをぐるりと完全包囲していた。手には戦場から回収した、研ぎ澄まされた刃が握られている。
「よお。よく来てくれたな、泥棒猫の皆さん」
さっきまで情けなく逃げていたはずの翔が、包囲の中心でふっと冷酷な笑みを浮かべ、懐から煙草を取り出して火をつけた。その佇まいには、先ほどまでの弱々しさなど微塵もない。圧倒的な「首領」の貫禄がそこにあった。
ジャキ、と五十人の私兵が一斉に武器を構える。
「ひっ……!? な、なんだこれ……!?」
「追い剥ぎの奴らじゃねえか! なんでこんな統率が……」
冷たい鉄の匂いと、逃げ場のない死の恐怖。
さっきまで大声を上げていた荒くれ者たちの酔いは、その瞬間、全員漏れなく完全に冷め切っていた。
完全に包囲され、逃げ場を失った酒場の荒くれ者たち。
翔は紫煙をくゆらせながら、怯え震える男たちを見下ろし、冷酷な二者択一を突きつけた。
「さあさあ、お前らには今、二つの道がある。……俺の下について忠誠を誓うか? それとも、ここで俺のガキどもと殺し合うか? 選べや」
その圧倒的な威圧感に大半の者が腰を抜かす中、先頭に立つ酒場のボスだけは、プライドからか顔を真っ赤にして怒鳴り返した。
「おい! 誰がどこの馬の骨とも知れねえ新参者に忠誠を誓うだと!? 笑わすなゴラァッ!」
「そうかい。まあ、そう言うと思ったよ」
翔はフッと笑い、手元で短くなった煙草を床に投げ捨て、靴の先で踏み消した。そして、一歩前へと進み出る。
「じゃあ、こういうのはどうだろう。――『一騎討ち』ってのは。互いに武器は無し、拳と拳の殴り合いだ。もし俺が負けたら、俺もこの五十人の兵隊も、全部お前の下に付いてやる」
「……何だと?」
ボスの目がぎらりと光った。
「だが、俺が勝ったら――お前も、その手下どもも、全員まとめて俺の下に付け。いいな?」
チート能力を持たない翔が提案した、あまりにも無謀に見えるステゴロ(素手喧嘩)の提案。背後に控えるシイナが「い、稲川さん!?」と青ざめたが、翔は手でそれを制した。
ボスの男は、翔の細身の体躯と、先ほど酒場で情けなく逃げ回っていた姿を思い出し、勝機を確信して下卑た笑みを浮かべた。
「ふん、いいだろ! 殴り合いにだけは自信があるんだ。後悔するなよ新参者ぁッ!」
「そっちこそ。新参者に負けて、恥かきんじゃねえぞ」
翔は着流しの袖を荒々しく捲り上げ、低く身を構えた。
酒場といったら殴り合いですよね




