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第1巻第3話地獄の縮図

稲川翔はシイナをかなり高く信頼しています。


東へ進むこと数時間、稲川翔率いる五十一人の一団は、目的の廃墟街へと足を踏み入れた。

 崩れかけた石壁、泥にまみれたテント、そして行き交う人々の死んだような目。シイナの言葉通り、そこは千人もの避難民と悪党がひしめく、混沌とした闇市の様相を呈していた。

 翔は肩のマントを軽く直しながら、鋭い眼光で街の様子を観察する。

「シイナ、この街の『顔役』はどいつだ」

「はい……この廃墟街は、一つの大きな組織ではなく、複数の実力者たちによって歪に分割統治されています。主に酒場を溜まり場にする荒くれ者たち、路地裏を巣窟にする追い剥ぎ、そして――裏市(ブラックマーケット)の流通を完全に仕切っている『盗賊ギルド』です」

 シイナの解説を聞きながら、翔は街のあちこちへ視線を走らせた。

 昼間から安酒を煽って怒鳴り散らしている酒場の男たち。獲物を物色するように物陰からこちらを睨む路地裏の浮浪者。

「……チッ。論外だな」

 翔は鼻で笑った。

「酒場の馬鹿どもも路地裏の泥棒猫も、ただの統率の取れてねえ野良犬だ。あんなのはシマを広げりゃ勝手に擦り寄ってくるか、まとめて叩き潰せば済む」

 翔の目が、街の中心部にある一際立派な石造りの建物――裏市の元締めである『盗賊ギルド』の拠点へと向けられた。

「だが、あの盗賊ギルドって奴らは別だ。裏市を回すだけの経済力と、組織の『規律(ルール)』が辛うじてある。奴らは使えるな」

「えっ……ま、まさか、最初からあの最大勢力に立ち向かうのですか!?」

 シイナがメガネをガタガタと震わせる。五十人の即席の配下がいるとはいえ、相手はこの街の経済を握る本物の犯罪組織だ。


「……ま、何はともあれ資金だ。先立つものがなけりゃ、交渉の席にも着けねえからな」

 翔は突き立てたナガドスの柄に手をかけ、廃墟街の入り口で足を止めた。

 千人の人間、渦巻く欲、そして盗賊ギルド。奴らと対等以上に渡り合い、シマ(縄張り)を強奪するためには、まずは手元の五十人の荒くれどもを効率よく動かし、戦利品を確実に金(資金)に変えるシステムが必要だった。

「よし。野郎ども、そこに並べ」

 翔の一言で、五十人の男たちが慌てて一列に並ぶ。翔はその中から、とりわけ体格が良く、力があり、そして何より己(翔)への恐怖で目を血走らせている男を五人、鋭い眼光で選び抜いた。

「おい、お前ら五人。今日からお前らを各班の『総長(班長)』に指名する。五十人を十人ずつ、五つの班に分ける。それぞれの総長は、自分の班のガキどもの面倒を責任持って見な」

「は、はいっ……!」

 指名された大男たちが、恐怖と緊張で直立不動になる。

「そして――」

 翔は隣でオドオドしている小柄なメガネの青年、シイナの肩をガシッと掴んだ。

「この五つの隊をすべて指揮する総大将(トップ)は、シイナ。お前だ」

「な、なんで私なんですか――っ!?!?」

 シイナは裏返った声を上げ、メガネが落ちそうになるほど驚愕した。ついさっきまで泥棒たちの間で一番のパシリだった自分が、一瞬にして五十人の荒くれ者を従える幹部に祭り上げられたのだ。

「オマエならこの周辺の地形に詳しく、情勢にも精通してる。それに、他にもあるんだろ? 金になりそうな戦利品の隠し場所や、高く売れるルートが」

「それは……そうですけど。でも、彼らが私の言うことなんて聞くはずが……。もし、裏切られたら……」

 シイナが小声で怯える。力のない自分が、荒くれどもを統率できるわけがないという、もっともな懸念だった。

「ああ、裏切られるとかか。……心配すんな。裏が決まったらどうなるか、今からこの剥ぎ取りどもに直接叩き込んでやる」

 翔はフッと冷酷に笑うと、五十人の無頼漢たちに向けて、地獄の底から響くようなドスの利いた声を浴びせた。

「おい、お前ら。耳の穴かっぽじってよく聞きな」

 その場にいる全員の背筋に、氷柱を突き立てられたような悪寒が走る。

「もしも俺とシイナを裏切ったり、金を着服してとんずらこく奴が一人でも出たら――地の果てまで追っかけて、必ず、なぶり殺す」

 翔はナガドスをゆっくりと引き抜き、その鈍い輝きを男たちに見せつけた。

「それだけじゃねえ。裏切りが一件でもあった隊は、裏切った本人はもちろん、その班の奴らを『全員連座で皆殺し』だ。わかったな? お前らの命は一蓮托生だ。隣の奴が妙な気を起こさねえよう、互いに見張り合え」

 連座制。そのヤクザの冷徹なロジックに、男たちは顔を青ざめさせ、息を呑んだ。隣の奴が裏切れば、自分も巻き添えで殺される。これで裏切りは完全に不可能となった。

「シイナの指示は、俺の指示と思え。奴の言葉に逆らう奴は、この俺にドスを向けてるのと同じだ。……返事はどうしたぁっ?!?」

「「「は、はいっ!!!! シイナ様の指示に従いますっ!!!!」」」

 地を震わせるような、恐怖に満ちた絶対服従の怒号。

 気弱な学者の青年が、一瞬にして五十人の兵力を私兵として動かせる「若頭」へと変貌した瞬間だった。

「よし、シイナ。まずはその知恵で、この戦利品を一番高く捌ける場所へ案内しな。……ここから、俺たちの『シノギ』の始まりだ」

連座制は江戸時代や戦時中の日本を参考にしました。

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