第1巻第2話シノギと学者
新キャラシイナ登場
――異世界転移と同時に、死臭の漂う広大な戦争跡地を己のシマ(縄張り)にした稲川翔。
元は死体泥棒のハイエナに過ぎなかった五十人の追い剥ぎたちは、翔の圧倒的な武力と恐怖によって、今や彼の忠実な私兵と化していた。
男たちは己の命惜しさに、血眼になって戦場跡地から使えそうな武器や防具、兵士たちの遺留品をかき集めている。翔は死体の山の上に腰掛け、奪った高級なマントを羽織りながら、その様子を冷たい目で見下ろしていた。
だが、その歪な追い剥ぎ集団の中に、明らかに場違いな男が一人混ざっていた。
泥にまみれた他の荒くれどもとは違い、そいつは埃をかぶったメガネをかけ、身体も成人男性と比べれば一回りも二回りも小さい。重そうな荷物を背負い、怯えたように周囲をキョロキョロと見回している。
少し気になった翔は、手元のナガドスを地面に突き立て、その男に向かって声をかけた。
「おい、そこの元気のないメガネさん」
「ひっ……!」
声をかけられた男は、まるで心臓が止まりそうなほど肩を跳ね上がらせた。頭領を一瞬で肉塊に変えた「黒髪の悪魔」に目を付けられたのだ。男はガタガタと膝を震わせながら、消え入りそうな声で応えた。
「い、何でしょうか……。じ、自分はただの、荷物持ちです。あ、あの、戦利品ですか……? まだ集めきれてなくて、すぐ、すぐに持ってきますから……!」
命乞いをするように捲し立てる男に、翔はふっと短く息を吐き、タバコの煙を吹きかけた。
「いや、それは良い。あんた、名前は?」
「シ、シイナと言います……」
シイナ、と翔は口の中でその名を繰り返した。そして、鋭い眼光で男の細い腕と、知性の宿る瞳をじっと観察する。
「そうか。シイナ君は、あんま略奪者とか追い剥ぎってえ柄じゃないように見えるな」
翔の言葉に、シイナは諦めたように肩を落とし、弱々しく苦笑いを浮かべた。
「ええ……私は、元学者です。こんな、こんな時代じゃないのなら、遺跡や遺物を調べていたかったですが……。戦争で家が無くなり、その、生活のために追い剥ぎをしてました」
シイナの言葉を聞いた翔の目が、わずかに細められた。
学者。それは、武力しか持たないこの荒くれども(カタギの枠から外れた無頼漢)の中で、最も希少な『知恵』を持つ存在だった。
「学者、ねぇ……」
翔は突き立てていたナガドスを引き抜き、流れるような動作で鞘に収めると、シイナの肩にポンと荒々しく、だがどこか信頼を込めた手を置いた。
「シイナ君。お前、この世界の『金になる仕組み(シノギ)』に詳しそうだな」
稲川『……シイナ、この近くに街かなんかないか? 恥ずかしながら、俺はここへ来たばっかで何もわかんなくてな」
翔が煙草を指に挟んだまま尋ねると、シイナは驚いたように瞬きをしながらも、記憶を書き戻すように頷いた。
「は、はい。ここから東に『街』と呼べるような公的な場所は無いですが……戦争で廃墟になった街があります。今はそこに周辺からの避難民が集まって住み着いていて、戦場から持ってきた戦利品を売買する闇市のようになっています」
「ほう、避難民の街、ねぇ……」
翔は煙草を深く吸い込み、目を細めた。
「そこの人の規模は? わかるか。なんとなくの勘勘で構わねえ」
「はい、元々はそこそこ大きい街だったので、今はだいたい千人は居ると思います」
「――千人、か」
翔の唇が、獰猛な三日月のような形に歪んだ。
千人の人間が集まる場所。そこには必ず、金が動き、欲が渦巻き、そして『暴力』の需要がある。チートのない男が異世界でのし上がるための、これ以上ない極上のシマ(縄張り)だった。
「決まりだ」
翔は短くなった煙草を地面に落とし、革靴のつま先で踏み消した。そして、呆然と突っ立っているシイナの顔を真っ直ぐに見据える。
「シイナ。今日からお前は俺の補佐に回れ。もうそんな細い腕で、泥にまみれて荷物持ちなんて力仕事はしなくていい。それは他の、身体だけが資本の奴らに任せな」
「え……っ!? い、良いんですか……?」
シイナはメガネの奥の目を丸くした。追い剥ぎ集団の中で最も底辺の扱いを受けていた自分が、この一瞬で、頭領を瞬殺した男の「右腕」に指名されたのだ。
「当たり前だ。うちの組は適材適所がモットーでね。お前のその『知恵』は、死体から剥ぎ取ったボロ剣なんかより遥かに価値がある」
翔はシイナの背中をポンと叩くと、そのまま死体の山の上に立ち上がった。
そして、戦場跡地で忙しなく働いていた残りの四十九人の荒くれどもに向けて、腹の底から響くようなドスの利いた声を張り上げた。
「よし、お前ら! 手を止めずに耳だけ貸しな! これから東の廃墟街に向かう。それまでに、少しでも金になりそうな戦利品を残さず集めておけ。いいなっ!?」
突然の命令に、ごろつきたちは一瞬顔を見合わせたが、翔の背後に漂う圧倒的な殺気に背筋を凍らせ、慌てて直立不動になった。
「「「は、はいっ!!!!」」」
地を震わせるような、無頼漢たちの返事。
わずか数時間前まで、ただの死体泥棒の集まりだった烏合の衆が、今や一人の極道の下で一糸乱れぬ動きを見せ始めている。
「……さあ、シノギの時間だ」
翔は肩のマントを翻し、東の空を見据えた。
シイナついて
元学者遺跡や遺物の調査発掘を仕事にしていたが戦争によって職を失い生きる為に追い剥ぎをしていたら50人の追い剥ぎに捕まり彼らの下っ端になってしまった。




