第1巻第1話戦争跡地の首領
異世界転移してからの、稲川翔の行動は速かった。
「おいおい、見ろよ。カタギの生き残りか?」
「妙な服を着てやがる。いい金になりそうだ」
死体の影から、不気味な笑い声を上げて姿を現したのは五十人の男たち。戦場に群がるハイエナ、死体荒らしの追い剥ぎ集団だ。
その先頭、熊のような巨体を揺らし、血濡れた大斧を担いだ頭領の男が、翔を品定めするように見下ろした。
「おい、そこの。命が惜しけりゃ、その奇妙な服と、持ってる鉄の棒を置いて――」
頭領が言い終えるより、翔が動く方が早かった。
ヤクザの修羅場に、お喋りの時間などない。
キィン、と硬質な金属音が戦場跡地に響く。
翔の一歩は、異世界の住人が見たこともない「間合いの支配」だった。踏み込みと同時に放たれた、神速の抜刀術。
「……あ?」
頭領の言葉が途切れる。
次の瞬間、大斧を握ったままの巨体が、糸の切れた人形のようにドサリと崩れ落ちた。その首筋からは、一筋の赤い線が走り、遅れて鮮血が噴き出す。何が起きたのかすら理解できず、頭領は即死した。
残されたのは、四十九人の悪党。
静寂が戦場を支配する。翔はナガドスを振って血を払うと、濡れた刃を美しい所作で鞘へと収めた。その目は、一人の人間を殺した直後とは思えないほど、冷たく、深く、濁っている。
翔は懐からタバコを取り出し、ライターで火をつけた。紫煙をくゆらせながら、怯え震える四十九人の悪党たちを、一瞥する。
チートなどない。だが、本物の極道が放つ「殺気」と「器の格」が、四十九人の背骨を恐怖で凍りつかせた。
「頭が死んだな。……次は、どいつだ?」
誰も動けない。声すら出せない。目の前にいる黒髪の男は、自分たちなど足元にも及ばない「本物の怪物」だと、本能が理解していた。
「……誰もいねえなら、話は簡単だ」
翔は冷酷に言い放ち、頭領だった死体のマントを剥ぎ取って己の肩へと羽織った。
「命が惜しけりゃ、今日から俺の犬になれ。お前らの命も、その武器も、今日から全部俺のもんだ」
圧倒的な武力と、逆らう者を一瞬で塵にする恐怖。そのヤクザのロジックの前に、悪党たちは次々と武器を落とし、泥を這って翔の足元へ跪いていく。
――わずか数時間。
そこにいた五十人もの略奪者や追い剥ぎたちは、完全に稲川翔の下についた。
ただの死体泥棒だった荒くれどもが、翔という「絶対的な首領」を得たことで、最凶の私兵集団へと変貌を遂げたのだ。
この瞬間、死臭の漂う広大な戦争跡地は、もう稲川翔の物となった。
これが、のちに大陸全土を血で染め上げ、すべてを支配する最凶の帝国『東義慶』の、あまりにも静かで、暴力に満ちた第一歩だった。
稲川翔の初期装備は服と自身のナガドス普通に持ってたライターとタバコです。




