第3巻第8話 「極道の外交戦」
遅れてすいません
深夜の東廃墟街。東義慶の本拠地である改装されたアジトの奥へ、二頭の狂犬が重々しい足音と共に堂々の帰還を果たした。
彼らが引き連れた私兵たちの中心、縄でグルグル巻きにされ、猿ぐつわを嵌められて泥塗れになった一人の男が、床へと無造作に放り投げられる。
「ボス! シイナさん! 連れて来たよ、最高にレアな奴!!」
カブが血濡れたメイスを肩に担ぎ直し、ぎらついた目を輝かせて歓喜の声を上げた。
床に転がされた男のきらびやかな漆鎧は、あちこちが歪み、返り血で汚れている。しかし、その仕立ての良さは、男がこの地域一帯の表の権力を一手に握る「国軍総司令官」その人であることを雄弁に物語っていた。
熊のような巨体のギタが、上座に座るシイナに向けて、深く感服したように頭を下げた。
「シイナさんの言う通りに事が運びました。スケジュールも、防衛の薄い街道も寸分の狂いもなかった。流石です、参謀!」
「ありがとうございます。お二人とも、最高の仕事でしたね」
影から一歩前に出たシイナが、埃っぽいメガネを指先でクイと押し上げ、転がる総司令官を冷徹な目で見下ろした。その口元には、かつての気弱な学者だった頃の面影など微塵もない、完璧な裏社会の軍師の笑みが浮かんでいる。
「早速、地下の尋問室へ連れて行きなさい。……この男の脳を薬草で完全に狂わせ、持っている軍の機密、布陣、将校たちの弱み、そのすべての情報を残さず我らの物(東義慶のシノギ)にして差し上げます」
シイナの恐ろしさを知る私兵たちが「へいっ!」と慌てて総司令官を引きずり、地下へと連れていく。
その様子を、長椅子に深く腰掛け、くわえ煙草の先を赤く光らせながら眺めていた首領の稲川翔は、紫煙を天井へと長く吐き出した。濁った瞳の奥には、すでに次なる巨大な『獲物』の姿が完全にロックオンされている。
「ああ、シイナ、尋問は頼むぞ。……それと、この国軍のトップが消えたっていう大騒動(ハジキ合い)を聞きつけて、近いうちに黒鉄山脈の『アラクマ』から、必ずウチへ会談の要請(接触)が来るはずだ。奴らと対等以上に渡り合うための切り札が欲しい。なるべく早めに、その総司令官の口を割らせてくれ」
翔のその言葉に、シイナはニヤリと、冷徹な算盤(知恵)を持つ者特有の不敵な笑みを浮かべた。
「はい、ボス。大丈夫です。……ウチの調合した薬草水を使えば、どれほど口の堅い軍人だろうが2日で全てを吐かせられます。情報を綺麗にまとめるのを含めても、3日もあれば十分にいけますよ。アラクマが会談の席に着く頃には、国軍の心臓部は完全にウチの操り人形です」
「ハッ、頼もしいねぇ」
翔は短くなった煙草を灰皿代わりにしていた鉄皿に揉み消し、獰猛な狼の笑みを浮かべて立ち上がった。
チート能力なき極道・稲川翔。
手狭な廃墟街を飛び出し、大陸一の巨頭である『二千人のアラクマ山賊団』を内側から丸ごとハメ殺し、その大兵力を東義慶の看板の下に組み込むための、最凶の外交戦の盤面が、いま完璧に整ったのだ。
「よし、野郎ども! 今夜は最高だっ!! ギタとカブの大手柄を祝して、まずは盛大に酒を酌み交わそうじゃねえか。……ここから本格的に、この世界を裏社会のルールで塗り替えてやるよォっ!?!?」
「「「オゥッ!!!!!!」」」
アジトの作戦室を揺らす、五百人の無頼漢たちの絶対の忠誠と高揚感に満ちた怒号。
のちに大陸全土を血と恐怖で支配する最凶の帝国『東義慶』。その次なる標的である二千人の巨頭アラクマを引きずり下ろすための、冷酷なカウントダウンの鐘が、静かに鳴り響こうとしていた。




