第3巻第4話「参謀の尋問室」
深夜。廃墟街の東義慶アジト、その最下層にある薄暗い地下室。
湿った空気と油煙の臭いが漂う部屋の扉が開き、ギタとカブが、猿ぐつわを嵌められて泥塗れになった国軍の分隊長を、床へと容赦なく放り投じた。
「シイナさん、捕まえてきたよ」
ギタが熊のような巨体を揺らし、大汗をかいた額を拭う。
「しっかり声が出る状態だよー。ボスに言われた通り、指も耳もちゃんと全部揃ってるからね!」
カブがケラケラと笑いながら、椅子の背もたれに寄りかかるシイナへ親指を立ててみせた。
シイナは埃っぽいメガネを指先でクイと押し上げ、転がる将校を一瞥すると、冷徹な軍師の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。ご苦労様でした。……あとはこちらで綺麗に『調理』しますので、お二人は上で休んでいてください」
「へいへい、頼んだよ、シイナさん」
カブはシイナの据わった目を見て少しだけ背筋を凍らせ、ギタを伴ってそそくさと地下室を後にした。
重々しい扉が閉まり、部屋にはシイナと、拘束された分隊長、そして数人の私兵だけが残される。シイナは席を立ち、ゆっくりと男の前に歩み寄った。
「さて……国軍の将校さん。手荒な真似はしたくありませんが、ウチのボスが急いでいるものでしてね」
シイナが男の猿ぐつわを外した瞬間、分隊長は激しく咳き込みながら怒鳴り散らした。
「貴様ら、自分が何をしているか分かっているのか!? 国軍に逆らって生きていられると思うなよ、この犯罪者どもがッ!」
「ええ、分かっていますよ。だからこそ、あなたが必要なのです」
シイナは表情一つ変えず、背後の私兵たちに冷酷に顎で合図を送った。
「――始めなさい」
私兵たちが男の髪を掴み上げ、床に用意された巨大な水樽へとその顔面を強引に叩き込んだ。
ブクブクと激しい泡が立ち、男が窒息の恐怖でもがく。しかし、シイナが仕掛けたのは、ただの泥臭い水攻めではなかった。その樽の中に満たされているのは――元学者の知識を総動員して調合した、神経を激しく狂わせる『幻覚の薬草』を煮詰めた特殊な水だった。
何度も水に沈められ、薬草の成分が目や鼻、口の粘膜から男の脳へと直接染み渡っていく。
「がはっ……! げほっ、ごほっ……! ひ、光が……? 何だ、これは……!」
数分後、床に引き揚げられた分隊長の瞳は、完全に焦点を失って大きく見開かれていた。
男の脳内では、薬草の効果によって現実と虚構の境界線が完全に崩壊し、暗い地下室の壁が歪み、松明の炎が巨大な『光の影』となって迫ってくるような錯覚に襲われていた。
恐怖と錯乱が最高潮に達したその時、分隊長の目に、地下室の影から歩み出てくる一つの「幻」が映り込んだ。
「あ……あ、ああ……っ! そ、総司令……っ!! 総司令官閣下……!!」
分隊長はガタガタと全身を震わせ、幻に向かって涙を流しながら床へ額を擦り付けた。完全に精神の檻を破壊され、目の前にいるシイナを、自分が絶対服従するべき軍のトップだと誤認したのだ。
「よしよし……いい感じですね」
シイナは歪に歪んだ不敵な笑みを浮かべ、男の前に静かにしゃがみ込んだ。チート能力など微塵もない。だが、人間の脳の仕組みを完璧にハメ殺す最凶の尋問術が、国軍の機密を完全に剥ぎ取ろうとしていた。
「総司令官、お疲れ様です。……さあ、教えてください。あなたがいつもいらっしゃる、あの強固な本拠地(砦)は、ここからどこにありますか?」
「は、はいっ! 本拠地は……北の……ッ!」
錯乱した将校の口から、国軍の総司令部の位置、防衛布陣、そして兵力数が、淀みなく次々と漏れ出し始める。
地下室の奥、影に紛れてその様子をじっと見つめていた首領の稲川翔は、くわえ煙草の先を赤く光らせ、獰猛な狼の笑みを浮かべた。
「ハッ……だから言っただろう。あの女は、とんでもねえ無頼になるってな」
国を奪るための最重要機密が、いま、東義慶の参謀の算盤(知恵)によって、完全に丸裸にされようとしていた。




