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第3巻第2話「参謀の千里眼と狂犬の出陣」

大商人ガバルドを血の海に沈め、裏闘技場を丸ごと乗っ取ってから数日。

 東廃墟街の東義慶アジトの執務室で、稲川翔は長椅子に深く腰掛け、ゆっくりと紫煙を吐き出していた。

「まあ、裏闘技場の乗っ取りはシイナの『操り人形』が上手いこと回してくれてる。金の巡りはこれでもう完全に大丈夫(安泰)だな。……問題は、ここから次をどう動かすか、だ」

 翔は手元の地図を睨み据え、くわえ煙草の先を赤く光らせた。

 裏闘技場という莫大な金のなる木を手に入れたことで、資金的な問題はクリアした。だが、チートなきこの世界で『国を奪る』というデカい夢を成し遂げるには、ただの死体泥棒やコソ泥をかき集めただけの兵力では足りない。国家の正規軍と真っ正面から渡り合える、本物の『軍隊(ちから)』が必要だった。

 そこへ、書類の束を抱えた参謀のシイナが静かに部屋へ入ってきた。翔は彼女に向けて、濁った瞳を鋭く細める。

「シイナ。この周辺地域……いや、さらに遠方の土地まで目を光らせて、明確な『反国軍勢力』についての情報を徹底的に集めてくれ」

「反国軍勢力、ですか?」

 シイナがメガネの位置を指先でクイと直す。

「ああ。ただ食い詰めてその日暮らしをしてる山賊や追い剥ぎじゃねえ。国への怨恨を持ち、統率が取れていて、国軍の砦を直接脅かせるような骨のある『大兵力』が欲しい。……それに、ウチの組織(組)も今や五百人近くまで膨れ上がっちまった。いくらなんでも、この小汚い廃墟街じゃあ手狭になってきたからな。軍勢を丸ごと収容できて、次の戦いを見据えられる新しい『活動拠点(事務所)』も一緒に探してくれ」

 翔のあまりにも規格外な「シマ(縄張り)の拡大方針」を聞き、シイナの口元に、とんでもない無頼の笑みが浮かんだ。

「はい、ボス。分かりました。今や我が東義慶は『五百人』の軍勢。その巨大な情報網と人手を余すことなく使って、ボスの求める最凶の駒と、新しい城を見つけ出して差し上げます」

「おう、頼んだぞ。……それともう一つ、シイナ。作戦室にギタとカブの二人も呼んでくれ。退屈してるだろ。あの狂犬どもに、新しい仕事を頼みたいんでな」

「はい、分かりました」

 シイナはクツクツと楽しそうに喉を鳴らした。

「さっき下の広場で、やることがなくて死にそうな顔をして暇そうにしていましたからね。すぐに呼んできます!」

 シイナがテキパキとした足取りで執務室を出ていく。

 入れ替わるようにして、アジトの奥からは、これから始まる新たなる修羅場の匂いを察知した二頭の狂犬の、重苦しい足音が近づいてこようとしていた。

シイナと入れ替わるようにして、作戦室の重厚な木の扉が勢いよく開け放たれた。

 入ってきたのは、退屈で死にそうな顔をしていた切り込み隊長の二人だ。

「どうした、ボス。新しいシノギの相談か?」

 ギタが熊のような巨体を揺らし、大テーブルの前に立つ。

「新しい仕事って何、ボス? 酒もいいけど、やっぱり俺たちは身体を動かす仕事の方が性に合ってるんだ!」

 カブがぎらついた目を輝かせ、早く獲物の首を撥ねたくて仕方がないといった様子で翔を見つめた。

 翔はくわえ煙草の先を赤く光らせ、濁った瞳を兄弟へ向けた。

「よく来たな。……まず、お前ら二人には、ある人物の『拉致(強奪)』を頼みたい」

「拉致……?」

 ギタが意外そうな顔をして眉をひそめる。

「拉致かぁ」

 カブは首を傾げ、不敵に笑いながらメイスの柄をトントンと叩いた。

「俺も兄貴も加減ってやつが苦手なんだぜ? ボス、勢い余ってその場で殺しちまうかもしれないのに、それでもいいわけ?」

「まあまあ、そう焦るな」

 翔は煙草の煙をふっと吐き出し、机の上の地図を指差した。

「実は、この周辺地域で活動している国軍の兵力や配置は、シイナのおかげで大体わかった。……だが、奴らの上にいる『総司令官』の正確な居場所や、防衛の薄い本拠地がどこなのかが分からねえんだ。もしお前らなら、どうやってその情報を手に入れる?」

 翔の問いかけに、ギタはフッと不敵な笑声を漏らした。

「ハハハ、ボス。そいつは簡単だな」

「ハハハ! そんなの、その辺をうろついてる部隊長とか分隊長とかの『少しレアな奴』をピンポイントで捕まえて、アジトに引っ張ってきて拷問(ハジ)けば良いだけだろ!!」

 カブが当然のように残酷なハメ手を口にする。猟師として、群れを統率する個体を狩る技術は骨の髄まで染み付いているのだ。

「さすがだな」

 翔は満足そうに口元を歪めた。

「その仕事、お前ら二人に丸ごと任せていいか? 人員、金、食料、必要なもんは何でもすべて後ろから支援してやるぞ」

「おっとおっと、ボス。そんな大層なもんはいらないさ」

 ギタが手を振ってそれを制した。

「そうだよ、俺たちだけで十分さ。大軍を動かせば軍隊の虫どもに気づかれちまうからね。少し時間は掛かるかもしれないけど、足を引っ張らないウチの精鋭を数人連れて、なんとかしてみせるよ。……ただ、本当に勢い余って殺さないようにだけは気をつけないとな!」

 カブがケラケラと笑う。翔はそんな二人の凶悪な頼もしさに喉を鳴らし、冷酷な目で釘を刺した。

「まあ、多少指とか耳とかが無くなってるくらいなら構わねえが……最低限、口を割って喋れる状態にして連れてきてくれよ。引っ張ってきた後の尋問や情報の整理は、すべてシイナが綺麗にまとめるからな」

 その名を聞いた瞬間、カブは少しだけ首をすくめ、苦笑いを浮かべた。

「わかったよ、ボス。あの怒ると怖いメガネのシイナさんにキレられたら、俺たちだって流石に敵わないからね。キッチリ生かして連れて帰るさ」

「ボスからの直々の仕事だ、失敗はあり得ない」

 ギタが大弓の弦を力強く弾き、地響きのような声で忠誠を誓う。

「任せてください。一番『よく喋りそうなツラ』をした将校を、必ずボスの前に跪かせて見せます」

「ああ、期待してるぞ。……行ってきな」

 二頭の狂犬は不敵な笑みを浮かべ、夜闇の狩りへと向けて音もなく作戦室を飛び出していった。

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