第3巻第1話『黒鉄の巨頭』
第3巻始まります
新キャラまだまだ出ますまだまだこれからです
大陸の北方にそびえ立つ、険しく峻烈な岩山――黒鉄山脈。
年中吹き荒れる冷たい暴風と、人の侵入を拒む巨岩の要塞。そこは国家の法も正規軍の刃も届かない、大陸最大の無法地帯だった。
その山脈の奥深くに築かれた、無骨な巨木の砦。
大広間の荒々しい大テーブルに、一本の極太の戦斧がドス、と地響きを立てて突き立てられた。
「ハハハ! 痛快だな! 国軍の地方駐屯地が、命からがら逃げ出してきやがったぞ!」
大ジョッキの濁り酒を豪快に飲み干しながら笑うのは、この過酷な連峰を完全支配する大山賊団『黒鉄の牙』の首領、アラクマだった。
熊を思わせる巨躯に、長年の厳しい山暮らしで鍛え上げられた鋼のような肉体。彼の率いる山賊団は、総勢「二千人」。
ただの飢えたコソ泥の集まりではない。元々は山を追われた屈強な木こりや、獲物の息の根を止める術を熟知した猟師たちによって構成された、文字通りの戦闘集団だった。彼らの扱う大斧は巨木を一撃で叩き割り、彼らの放つ弓矢はどれほど強固な鎧をも貫く。その圧倒的な武力は、周辺の国々が築いた頑強な軍事拠点や、国軍の砦すら正面から襲撃し、蹂躙するほど狂暴極まるものだった。
アラクマは突き立てた戦斧の柄を太い手で掴み、獰猛な笑みを浮かべた。
「おい、野郎ども。下のゴミ溜め(廃墟街)の周辺で、ずいぶんと面白いハジキ合い(大騒ぎ)があったらしいな」
「へえ、頭。それが……にわかには信じがたい話が入ってきましてね」
傍らに控える、片目を失った木こり上がりの幹部が、困惑と驚愕の混ざった顔で羊皮紙の報告書を差し出した。
「なんでも……『稲川翔』とかいう、出所も分からねえ奇妙な衣服を纏った男が率いる『東義慶』という新参者が、一晩で裏闘技場を跡形もなくぶっ潰したそうです。あの強欲な大商人ガバルドはどさくさに紛れて腹を裂かれて死亡。さらに、あの『血塗れ兄弟』のギタとカブが、その稲川翔の下についたと……」
「――あぁん?」
アラクマは酒を飲む手を止め、太い眉をピクリと跳ね上げた。大広間に集まっていた山賊の隊長たちの間にも、一瞬にして冷たい沈黙が走る。
「あの兄弟がか……? 冗談だろ」
アラクマは突き立てた戦斧に手をかけ、鼻でフンと笑い飛ばした。
「あいつらは故郷を国軍に焼かれて以来、復讐に囚われて頭がおかしくなってたはずだ。あのケチな泥棒ギルドがどれだけ金目の物を貢ごうが、使者の首を撥ねて送り返すような、言葉の通じねえ本物の狂犬どもだぞ。誰かの下につくようなタチじゃねえ」
「それが、本当らしいのです。ギタとカブは東義慶の『切り込み隊長』を名乗り、ボスの命令に絶対服従していると……。今や裏闘技場の無敗のラズと二百人の剣闘士も丸ごと飲み込まれ、東義慶の兵力は一気に五百人近くにまで膨れ上がっています」
幹部の詳しい報告を聞き、アラクマはしばし沈黙した後、腹の底から響くような大爆笑を爆発させた。
「ガハハハハハ! 面白い! 最高じゃねえか! 魔法も何もねえこの時代に、ただの身一つでそこまで一気にのし上がってきたか!」
アラクマは大戦斧を引き抜き、軽く肩に担ぎ直した。そのぎらついた両目には、圧倒的な強者だけが持つ、凶悪なまでの闘志と深い好奇心が燃え盛っている。
「貢ぎ物や賄賂なんかじゃ、あの狂犬どもの首輪は握れねえ。つまり、その稲川って男は、本物の『暴力と恐怖』で狂犬を調教してみせたってわけだ。……稲川翔、一体何者だ?」
アラクマは濁り酒を床にぶちまけ、不敵な三日月のような笑みを浮かべた。
「面白い新参者が現れやがった。いずれあの廃墟街を飛び出し、この黒鉄山脈の麓までシマを広げにくるだろう。その時、どっちの鉄が本物か、二千人の大斧でキッチリと教育してやるさ。……おい野郎ども! 武器を研いでおけ!」
「「「オゥッ!!!!!!」」」
黒鉄山脈を震わせる、二千人の山賊たちの地鳴りのような怒号。
彼らはまだ知らなかった。自分たちが東義慶をどう利用しようかと考えているその時、当の稲川翔はすでに、この二千人の巨頭すら己の『駒』としてハメ殺すための冷徹な算盤を、アジトの奥で弾き始めようとしていることを――。




