第2巻第19話「狂犬と魔王の狂宴」
一方その頃、客席の乱闘騒ぎの中心では、切り込み隊長の二頭の狂犬が、もはや陽動という作戦の枠を完全に忘れて暴れ回っていた。
「ハハハッ! 舐めた口叩いた代償だ、オマエの耳を貰うぞ! ――よし、次はオマエだッ!!」
ギタが奪った大酒瓶から直に酒を煽り、泥酔した勢いのまま、襲いかかる用心棒どもの顔面を次々と拳で叩き割っていく。
「ヒャハハ! 酒と殺しは最高だなァ! ……おい、オマエ国軍の兵士だろ! 看板背負ってりゃ勝てると思ってんのか、待ちやがれコラァッ!!」
カブもまた、完全に酔っ払って目を血走らせながら、メイスを振り回して正規兵の鉄兜をごっそり凹ませていた。五十人の東義慶の私兵たちもそれに続き、酒の勢いと日頃の鬱憤を爆発させて、闘技場全体を修羅場へと変えていく。
「……なんか、すごい事になってるな、あの上」
地下の監獄から砂舞台へと駆け上がってきたラズは、客席から響く凄まじい破壊音と地鳴りのような怒号に、思わず顔を引きつらせた。
「あのイカれた奴らが、シイナさんの仲間か……? まあいいや、とにかく早くみんなに知らせないと」
砂舞台の上では、出番を待つ鎖に繋がれた剣闘士(奴隷)たちが、突然始まった客席の暴動に武器を握ったまま困惑していた。
「おい、なんか上すごいな……。叫び声と、めちゃくちゃに楽しそうな笑い声が混じってるぞ……」
「みんな、聞いてくれ!!」
ラズが錆びたハルバード(大斧槍)を掲げ、砂舞台の戦士たちの真ん中へと飛び込んできた。その傷だらけの顔には、十年間で初めての、剥き出しの闘志が漲っている。
「ガバルドが死んだらしい!」
「え……っ!? 嘘だろ、あの強欲な豚が死んだって!? だ、誰がやったんだ……!?」
「詳しいことは分からない。だが、とにかく今、俺たちの家族や人質は、あいつらを殺した奴らの仲間(東義慶)によって、全員安全な場所に向かっている! ――俺たちを縛る鎖は、もうねえんだよ! 俺たちもここから逃げよう!」
ラズの魂の咆哮に、二百人の剣闘士たちの目が一瞬にしてぎらりと色めき立った。人質という絶対の足枷を失った最強の奴隷たちが、ついにその牙を剥き出す。
「……もちろんだっ!! 誰がこんな地獄にいつまでも残るかよ!!」
「よし、そこを動くな!」
ラズは地響きのような雄叫びを上げると、驚異的な怪力でハルバードの刃を叩きつけ、仲間の足枷や鎖を次々と強引に破壊していった。
カラン、カランと虚しい奴隷の象徴が床に転がり、自由の身となった二百人の戦士たちが、自らの武器を天に掲げて地を震わせるような咆哮を上げる。
「さあ! 暴動を止めようと、まだ上に国軍の兵士どもが残ってやがるな」
ラズはハルバードをギラリと光らせ、客席へと冷酷な視線を向けた。
「手始めに、俺たちを家畜扱いしてきたあの虫どもを……一人残らずブチ殺そうか!!」
「「「おうっ!!!!!!!!」」」
地獄の底から這い上がってきた二百人の最強の戦士たちが、怒涛の勢いで客席へと攻め上っていく。
大商人ガバルドの死。シイナによる人質の救出。そして、自由を得た無敗の王者ラズと二百人の剣闘士の蜂起。
チートなき極道・稲川翔の描いたシナリオは、ただの「裏闘技場乗っ取り」の域を完全に超え、国軍の精鋭すら一方的に蹂躙する、最凶の無頼漢帝国『東義慶』誕生の凄まじい産声へと変わろうとしていた。




