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第2巻第18話「王者の咆哮」

「――あなたですか? 裏闘技場十年間無敗の王者、ラズさん。お父上と共に、助けに来ましたよ」

 剥き出しの鉄剣を提げたシイナが、メガネの位置をクイと直しながら独房の奥へと歩み寄る。

 錆びたハルバード(大斧槍)を構えていたラズは、あまりにも場違いな細身の女性の登場に、その傷だらけの顔を驚愕に歪めた。

「助けだと……? なんでだ!? 誰の差し金だ!? おい、ここの仕切り役(ガバルド)は国軍の将校と繋がってるんだぞ! あんた達、こんな真似をしてただじゃ済まないぞ……イかれてんのか!?」

「ええ、もちろん。私たちは全員、とっくにイかれてますよ」

 シイナはフッと不敵な、そして冷徹な笑みを浮かべた。

「その仕切る奴(ガバルド)なら、今頃ウチのボス(稲川翔)が綺麗に消した(ハメ殺した)と思います。上の客席はウチの仲間たちが派手に陽動してひっくり返していますから、とっとと逃げましょう。少なくとも――あの豚の檻の中に残るよりは、遥かに安全な場所へ案内できます。それとも、あなた方はこのままここに残るのですか?」

 シイナの迷いのない瞳、そして何より、檻の外で涙を流して喜んでいる他の奴隷たちの姿を見て、ラズの脳裏に電撃が走った。

 十年間、自分を縛り付けていた絶対的な軛(くびき)が、いま、跡形もなく粉砕されたのだ。

「――は、はは……っ! いや、最高さ……!!」

 ラズの喉から、十年間で初めての、腹の底からの歓喜の笑いが漏れた。

 次の瞬間、大男の全身の筋肉が爆発するように膨れ上がる。

 ミチミチッ、バキィンッ!!!

 ラズは両腕を縛り付けていた頑丈な鉄の拘束具を、人間業とは思えないとんでもない怪力で、文字通り力任せに引きちぎり、破壊してみせた。

 ついに――十年間無敗の王者ラズが、本当の『自由』を手に入れたのだ。その背中に漂う、本物の『魔王』のごとき凄まじい威圧感に、東義慶の私兵たちすら思わず息を呑む。

「さあ、檻が開いたなら一刻を争います。逃げましょう」

「待ってくれ」

 ラズはハルバードを力強く握り直し、シイナを呼び止めた。

「俺は上(砂舞台)にいる、他の剣闘士たちも連れてくる。……家族が無事だって分かれば、アイツらだってあの豚の闘技場にしがみついている意味がなくなる。全員まとめて、あんた達の味方に引き入れてやるよ」

「……分かりました。心強いですね」

 シイナはニヤリと算盤通りの笑みを浮かべ、背後の手下たちに命じて、外への脱出ルートを確保させた。

「ここの撤収が済みましたら、夜空へ『火弓(ひゆみ)』を放ちます。それが、この裏闘技場を放棄して逃げる、全員への合図です。合図が出たら、この街からそれぞれ散り散りに逃げてください。街の周りには、案内役の私の仲間たちが潜んでいるはずですから」

「分かった、ありがとう。……おい、あんた。名前は何て言うんだ?」

 ラズが真剣な目を向ける。命の恩人であり、この地獄をひっくり返した恐るべき女参謀の名を知りたかった。

「シイナです! ――さあ、気をつけて行ってください、新幹部候補さん」

「おうっ!!」

 ラズは地響きのような雄叫びを上げると、錆びたハルバードを担ぎ、上の砂舞台へと続く階段を一気に駆け上がっていった。

 檻から解き放たれた最強の狂犬が、自分たちを縛り付けていた世界を逆襲するために、牙を剥いて吠え猛る。

 チートなき極道・稲川翔の仕掛けたハメ手は、ついに裏闘技場を丸ごと飲み込み、二百人の最強の戦士たちをもその身内(ナカマ)へと変えようとしていた。

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