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第2巻第17話「参謀の算盤と剣闘士の檻」

上の客席ではギタとカブが大乱闘を引き起こし、最上階のVIPルームでは首領の稲川翔が大商人ガバルドの息の根を止めていた。

 そんな混沌の裏闘技場を裏側からひっくり返すべく、参謀のシイナは八十人の完全武装した私兵を率いて、最下層の監獄区画へと突入していた。

 薄暗い通路の先、頑丈な鉄扉の前には、ガバルドに雇われた数人の看守どもが屯(たむろ)していた。だが、頭上から響く地鳴りのような暴動の怒号と悲鳴に、彼らは完全に腰を抜かしていた。

「おい、上がまずいぞ……! 暴徒がこっちに流れてくる前に、ずらかるぞ!」

 看守どもは、目の前の暗がりから国軍仕様の強固な鎧を纏ったシイナの一団が迫っていることにも気づかず、武器を放り出して我先にと逃げ出していった。

「……はぁ、まったく危機感がないですね。これだから雇われの兵隊は使えないのです」

 シイナはメガネの位置を指先でクイと直すと、冷徹な目で開け放たれた鉄扉を見据えた。

「さてと。邪魔者はいなくなりました。入りましょう」

 シイナたちが足を踏み入れた監獄の内部は、油煙の臭いと汗、そして血の臭いが混ざり合う、まさに地獄の底だった。

 鉄格子の奥には、剣闘士の家族やお抱えの奴隷たち、およそ二百人以上が押し込められている。その環境は――劣悪、最悪の一言に尽きた。まともな食事も与えられず、ただの使い捨ての家畜のように扱われている人々。

 その悲惨な光景を目の当たりにした瞬間、シイナの頭脳(算盤)は、ボスの命令を超えた『新たな利益』を瞬時に弾き出した。

「お前たち、ここにいる剣闘士の家族と人質、全員(・・)助け出しますよ。鍵を叩き割りなさい!」

「え……っ!?」

 シイナの突然の指示に、背後に控えていた班長の一人が慌てて声を裏返した。

「で、ですがシイナさん! ボスからは『最優先はラズの父親だけでいい、他は最悪見捨てて構わない』って言われてたはずじゃ……!」

「ええ、そうですね。ですが、ボスはあくまで『最優先』と言っただけです」

 シイナは不敵に、そしてとんでもない無頼の笑みを浮かべて言い放った。

「つまり、ラズの父親を一番に確保し、脱出までの時間に余裕があるのなら、ここに捕まっている奴隷たちを全員助けてもボスへの規律(ルール)には反しない、と読み取れます。それに、この二百人を無傷で助け出し、上の砂舞台にいる二百人の剣闘士どもに恩を売れば――彼らは全員、我が『東義慶』の忠実な私兵になる。ボスの目指す『勢力拡大』のこれ以上ない最高の手札でしょう?」

「な、なるほど……!」

 手下たちは、この女参謀の恐るべき論理のハメ手に背筋を震わせた。ただの優しさではない、すべてを組織の兵力へ変えるための冷徹な計算だった。

「さあ、モタモタするな。仕事(シノギ)だ。早く全員の檻を開けなさい!」

「「「はいっ!! シイナさんっ!!!!」」」

 私兵たちが一斉に動き出し、鉄剣で次々と鉄格子の錠前を叩き割っていく。歓声を上げ、涙を流して檻から飛び出してくる人々。

 その救出劇の渦中、シイナは檻の最奥、一際頑丈な独房の前に立っていた。その中には、一人の痩せ細った老人が横たわっており、その老人を庇うようにして、錆びたハルバード(大斧槍)を携えた全身傷だらけの大男が、鋭い眼光でこちらを睨みつけていた。

「さて……。誰か『ラズ』さんか、あるいはそのお父上でしょうか?」

 シイナがメガネを押し上げて尋ねると、ハルバードを構えた大男――十年間無敗の王者ラズは、驚愕に目を見開いた。上の大乱闘の最中、自分の命よりも大事な父親を救いに現れた、奇妙な武装集団の女性。

「……俺の、ことか……?」

 チートなき極道の看板『東義慶』。

 その最強の盾となるべき男ラズと、若頭シイナの運命的な出会いによって、裏闘技場の乗っ取り作戦は、大商人の想像を遥かに超える巨大な『国盗り』へと変貌しようとしていた。

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