第2巻第16話極道のシナリオ
大乱闘の地鳴りのような怒号が響き渡る裏闘技場の最上階。
豪華な絨毯が敷き詰められたVIPルームの中では、大商人ガバルドが完全に我を忘れて狼狽えていた。階下の暴動を鎮圧させるため、お抱えの用心棒や私兵たちをすべて出払わせ、部屋には奴一人しか残っていない。
ガタガタと震えながら窓の外を見下ろしていたガバルドの背後で、重厚な扉が静かに開いた。
油煙の臭いに混ざって、濃厚な「血の匂い」が部屋に流れ込む。
「だ、誰だ……!? おい、お前! ここは貴族専用の特等席だぞ!! わかって――」
「黙れ、ゲスが」
ガバルドが言い終えるより早く、鋭い一閃が部屋の空気を切り裂いた。
流れるような美しい所作から放たれた、ナガドスの神速の抜刀術。
「ひぎゃあぁっ!?」
鈍色の刃がガバルドの肥え太った顔面を正確に切り裂き、鮮血が高級な絨毯を赤く染めた。ガバルドは床を転がり、鼻を押さえながら狂ったように部屋の奥へ逃げ惑う。
「だ、誰か! 誰かいないのかっ!? 警備兵! 用心棒どもっ!!」
「あ? 廊下にいた奴らのことか?」
翔は懐からゆっくりと煙草を取り出し、ライターの火をつけた。血濡れたナガドスを無造作にぶら下げたまま、濁った瞳でガバルドを見下ろす。
「無駄だよ。部屋の前に突っ立ってた奴らは、俺が全員斬り伏せて(ハジいて)きた」
「は、はあぁっ!? 正気か!? あいつらは国軍の将校から預かった、正規の兵士たちなんだぞ……!?」
「黙れよ、豚が。国軍だの貴族だの、そんな安い看板がこの俺に通じると思ってんのか?」
翔は紫煙を吐き出し、一歩、また一歩とガバルドを追い詰めていく。
「今日からこの裏闘技場は、俺たちが仕切る。……だからお前は邪魔だ。今日、ここで死ね」
「何を言っている……! おい、離せ! 離せこの山賊めが!!」
ガバルドは必死に手を振り回して抵抗しようとするが、翔の背後に控えていた二十人の精鋭たちが、冷酷にその丸太のような手足を取り押さえ、床へ組み伏せた。
「おい、よく押さえておけよ」
翔はくわえ煙草のまま、ガバルドの腹の上に静かに刃を当てた。
「お前は今日、この大乱闘のドサクサに紛れて、ここまで客が押し寄せてきちまった。……そして、全財産をスって激昂した客どもに、不運にも腹を裂かれて死んだ。――っていう『設定』だ。ヤクザの処刑ってのはな、後腐れのない綺麗な事故に見せかけるのが筋なんだよ」
「や、やめろ……! やめてくれ! 金ならいくらでも出す! 命だけは、命だけはああぁっ!!!」
ガバルドの絶叫は、階下の大乱闘の怒号にかき消された。
鈍い肉の裂ける音。翔は表情一つ変えず、ナガドスを冷酷に引き抜き、流れるような動作で血を払った。
「ハッ……一つ良いことを教えてやるよ。俺たちの名前は『東義慶』。じきにこの大陸を丸ごと飲み込み、新しい時代を作る無頼漢組織だ。……まあ、もう死んでるから聞こえちゃいねえか」
白目を剥き、自らの血の海に沈んだ大商人の死体を見下ろし、翔は美しい所作で長ドスを鞘に収めた。
「さて。仕事は終わった、ずらかるぞ」
「は、はいっ……!」
部屋を飛び出す私兵たちは、誰もが呼吸を忘れるほどの恐怖で肩を震わせていた。
背後を歩く首領の背中を見つめ、班長の一人が小声で呟く。
(……さっきのボス、マジで怖かったな。なんというか……一切の躊躇がなくて、容赦がなかった……)
これが、本物の極道のカチコミ。
廊下の血溜まりを平然と革靴で踏み越えながら、翔はアジトのさらに地下深く、最下層の監獄がある方向を見据えた。
「さて……。シイナの奴は、上手くやってるかな?」
チートなき極道・稲川翔。
裏闘技場の支配者を完全にハメ殺した男の次なる一手は、最強の戦士ラズの軛を解き放つための、監獄強襲劇へと繋がっていく。




