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第2巻第13話悪人と会議

数日後。

 東義慶のアジトの執務室で、翔はシイナが人海戦術で集めてきた最新の報告書に目を通していた。メガネの奥にあるシイナの瞳は、これまでにないほど冷徹な怒りで据わっている。

「ボス、報告します。まず大商人ガバルドは、国軍の将校と深く繋がっています。その表の庇護の元で、あの巨大な裏闘技場を完全に支配しているようです。そして、無敗の王者ラズを含めた二00人の剣闘士(奴隷)を、ガバルドの私兵として、また裏闘技場の金のなる目玉として、死ぬまで使い潰す仕組みを構築しています」

「なるほどな。……だが、一つ疑問がある」

 翔はくわえ煙草の先から静かに煙を吐き出した。

「ガバルドの奴は、戦う力のないただの強欲な商人だろ。二00人もの人間の首を回らなくさせて闘技場に放り込むにしても……いくら国軍の将校と繋がっているからって、カタギの人間を片っ端から『拉致』するような、足のつきやすいハイリスクな真似を平気でやるタチの男じゃないはずだ。奴はもっと、安全な場所から他人をハメるタイプだ」

「さすがボス、その通りです」

 シイナは悔しそうに拳を握りしめ、羊皮紙を強く指差した。

「ガバルドは、剣闘士たちの『家族』を人質に取っているのです。剣闘士が逃走したり、少しでも試合で反抗的な態度を取ったりすれば、その場で家族を一人ずつ殺すと脅し、完全な恐怖によって彼らを奴隷として支配しています」

「――反吐が出るな」

 翔の濁った両目が、鋭く細められた。日本の裏社会でも、最も下衆な外道がやる手口だ。

「まさか、その人質どもは、いつでも殺せるように裏闘技場の『中』に隔離されてんじゃねえだろうな?」

「……はい。闘技場の最下層にある、厳重に警備された監獄区画に幽閉されています。まったく、最悪の男ですね」

「よし、決めた」

 翔は短くなった煙草を灰皿へ強く揉み消し、獰猛な狼の笑みを浮かべて立ち上がった。

「大商人ガバルドを『事故』に見せかけてブチ殺す。奴が死んで裏闘技場がパニックに陥ったその混乱に紛れて、監獄から剣闘士の家族を全員強奪(タスケ)しにいくぞ。……ただし、最優先はあの王者、ラズの家族だけだ。他は最悪、時間の都合で見捨てて構わねえ。ラズの家族は何人だ?」

「はい……父親が一人です。元々は、亡くなった母親の作った借金を父親が肩代わりし、首が回らなくなったため、ラズが自ら身代わりとなって裏闘技場へ送られたとのことで……」

「――チッ。どこまでも心底胸糞悪いシノギをしてやがるな、あの豚め」

 翔は懐のナガドスの柄を荒々しくカチリと押し上げ、部屋の扉を勢いよく開け放った。

 国を奪るための巨大な資金源の奪取。そして、異世界最強の狂犬ラズの首輪(弱み)を大商人から奪い取り、自らの忠実な『盾』に変えるための、冷徹極まる電撃作戦の青写真が、翔の脳裏で完璧に完成していた。

東義慶のアジトの一番広い作戦室。

 中央の長机を囲むように、若頭のシイナ、切り込み隊長のギタとカブ、そして全班を束ねる隊長や班長たちが、押し黙ったまま直立不動で並んでいた。

 部屋に満ちているのは、これまでにないほど濃密で、肌を刺すような戦前の緊張感だ。

 翔は上座の椅子に深く腰掛け、くわえ煙草の先からゆっくりと紫煙を吐き出した。

「まず、みんな情報収集ご苦労だったな。おかげで大商人ガバルドの急所は完全に洗い出せた。……この作戦が成功すりゃ、あの豚を血の海に沈め、裏闘技場という『大金のなる木』を丸ごとウチで仕切る事ができる。耳の穴かっぽじってよく聞きな」

 翔は手元の地図の一点――裏闘技場をドスで強く突き刺し、全員を見回した。

「まず、ギタ、カブ。お前らは五十人の私兵を引き連れて、客として裏闘技場へ潜り込め。そして興行が最高潮に達した瞬間に、客席を巻き込んで『大乱闘(ハジキ合い)』を起こせ。泥棒猫や貴族どもの度肝を抜くくらい、派手に暴れてアジト中の注目を引くんだ」

「ヒャハッ! お安い御用じゃん!」

 カブがぎらついた目を輝かせ、肩のメイスをトントンと叩く。

「その大混乱に紛れて、シイナ。お前は八十人の武装した野郎どもを率いて、最下層の監獄へ突入しろ。何が何でも剣闘士の家族を助け出し、そのまま速やかに脱出するんだ」

「はい、お任せください」

 シイナが冷徹な軍師の目で算盤を置き、翔の言葉を継いだ。

「そのあとの逃走についてですが、私たちが人質を連れて外に出た瞬間、夜空へ『火弓(合図)』を打ち上げます。ギタ、カブさんたちはその合図を確認し次第、大乱闘を切り上げて、用意したルートから散り散りに逃げてください。全員、廃墟街のアジトで再合流という流れです」

「へへ、わかったぞシイナさん!」

 カブが不敵に笑う。

「その合図が出るまで、闘技場をひっくり返して遊んでやるさ。選りすぐりの腕っ節を集めておくからね」

「ああ……当日はまともな怪我人が増えるな。国軍の将校お抱えの用心棒どもが、どれだけ耐えられるか見ものだ」

 ギタもまた、大弓の弦を力強く弾いて地響きのような声で笑った。

 幹部たちの完璧な連携を見届け、翔はゆっくりと立ち上がった。

「そして――俺は二十人の精鋭を連れて、最上階のVIPルームへ向かう。大乱闘の混乱に巻き込まれて、ガバルドが『不運にも事故死(じこし)』したことにする。金と権力に守られた安全な特等席が、そのまま奴の墓場だ」

 チート能力など、この男にはやはり必要なかった。

 人間の心理、地形の死角、そして300人の大軍勢をチェス盤の駒のように完璧に配置するヤクザの統率術。それこそが、異世界のルールを上書きする最強の暴力だった。

「いいか野郎ども。これが成功すりゃ、ウチの看板『東義慶』の名前は一気に大陸全土へ広がる。……これが、国を奪るための最初の大勝負だ。全員、気合い入れろっ!?!?」

「「「オゥッ!!!!!!」」」

 作戦室が震えるほどの、男たちの割れんばかりの怒号が響き渡る。

 チートなき極道・稲川翔が率いる最凶の無頼漢組織が、金と欲の殿堂である裏闘技場を丸ごとハメ殺すための、命懸けの『大カチコミ(作戦)』の火蓋が、ついに切って落とされようとしていた。

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