第2巻第 12話『金のなる木」
砂舞台の上で、無敗の王者ラズがハルバードを一閃させ、対戦相手を瞬殺する。割れんばかりの歓声と、飛び交う金貨の山。
だが、客席の最後列からその光景をじっと見つめていた稲川翔は、ある強烈な『違和感』に気づいていた。
(――あのツラ、戦いを楽しんじゃいねえな)
十年間無敗。悪鬼羅刹のように恐れられるラズの目は、殺戮を楽しんでいる人間のそれではない。どこか冷め切り、己の運命に絶望しているような、心あらずな瞳をしていた。
「……なんか、深いワケ(事情)でもあるって顔だな」
翔は短くなった煙草を床に落として踏み消すと、静かに席を立った。ヤクザの直感が告げていた。あいつはただの用心棒ではなく、大商人ガバルドの首根っこを掴むための、最大の鍵(弱み)になる、と。
――数日後。
廃墟街の東義慶アジト。その最奥にある広い作戦室には、若頭のシイナ、切り込み隊長のギタとカブ、そして各班を率いるすべての隊長や班長が、一堂に集結していた。
長椅子の背もたれに深く寄りかかった翔は、集まった身内たちの顔を鋭い眼光で見回し、くわえ煙草に火をつけた。
「今、裏闘技場をこの目で見てきた。噂通り、大商人ガバルドが仕切るあの場所は、まさに『大金のなる木』だ。……野郎ども、次のシノギは決まりだ。あの裏闘技場を、丸ごと俺たちの手に入れるぞ」
首領の傲然たる宣言に、作戦室の空気が一気に跳ね上がった。
弟のカブが、待ってましたと言わんばかりに愛用のメイスを机に叩きつけ、ぎらついた目を輝かせる。
「ヒャハッ! 腕が鳴るねえ、ボス! 略奪者どもを小突くのにも飽きてきたところだ。そのデカいシノギ、真っ正面からカチコミをかけようじゃん!」
「面白い」
兄のギタも大弓を握り直し、地響きのような声で獰猛に笑った。
「金と権力に守られた豚どもを、まとめて引きずり下ろすか。切り込み隊長としては、これ以上ない大戦だ」
武闘派の兄弟が血気盛んに吼える中、参謀のシイナがメガネの位置を指先でクイと直し、冷徹な軍師の笑みを浮かべた。
「ふふ、となれば、さっそく情報収集ですね。金が動く場所には、必ず綻びがあります。大商人ガバルドの資金の流れ、表の貴族との繋がり、すべてを洗わせます」
「ああ、頼む。……それともう一つ、シイナ。あの裏闘技場で戦っている剣闘士どもの素性と、十年間無敗の王者『ラズ』について、徹底的に調べてくれ。あの男の背後にあるワケを、根掘り葉掘り毟り取るんだ」
「はい、承知しました」
シイナは不敵に算盤を弾き、手元の羊皮紙を睨み据えた。
「ウチの組織は、今や三百人近い大帯です。ボスの言った『人海戦術』で、ガバルドの利権も、ラズという男の過去も、すべて丸裸にして差し上げますよ」
「おう、頼んだぞ。……さあ野郎ども、ここから最高に忙しくなるぞっ!? ウチの看板『東義慶』の名を、大陸一の闇市に刻み込んでやる!!」
「「「ヘイ、ボス!!!!」」」
隊長たちの地を震わせるような怒号が、アジト中に響き渡る。
チートなき極道・稲川翔。三百人の軍勢と、最凶の幹部陣を擁した無頼漢組織が、金と欲が渦巻く巨大な裏闘技場を内側から喰らい尽くすための、冷徹な情報戦の幕が上がろうとしていた。




