第2巻第10話無頼の証明
翌朝。改装された東義慶のアジトに、数台の荷馬車が次々と滑り込んできた。
荷台に積まれているのは、縄でグルグル巻きにされ、未だに手足の痺れが抜けずに呻いている六十人の男たち。
三十人の私兵を従え、その先頭で平然と馬の手綱を握っていたシイナは、アジトの玄関口で待ち構えていた翔たちの前で綺麗に一礼した。
「ただいま帰還しました、ボス」
「おお、まじか……! 六十人全員、本当に生きて連れて帰ってきやがった……!」
カブが荷台の男たちを覗き込み、メガネが落ちそうなほど目を見開いて声を裏返した。あの凶暴な『狂鼠の牙』を、血を流さずに丸ごと生け捕りにしてくるなど、武闘派の彼らからすれば神業を通り越して怪奇現象に近い。
兄のギタもまた、腕を組んで深く感服したようにシイナを見つめた。
「さすがですね、シイナさん。大した知恵だ。力任せに叩き潰すしか能のない我々では、こうはいかなかった」
二人の称賛を背に、翔はくわえ煙草の先を赤く光らせ、シイナの前に歩み出た。
そして、彼女の衣服に汚れ一つなく、連れていった三十人の私兵たちもかすり傷一つ負っていないどころか、むしろ大金星を挙げて意気揚々としている様子を鋭く見抜く。
「ちょっと時間はかかったが……オマエは怪我なし、しかも連れてった私兵も誰一人怪我をしていねえ。むしろ元気そのものじゃねえか。――上出来だ! よくやったな、シイナ」
翔が獰猛な三日月のような笑みを浮かべ、シイナの肩を荒々しく、だが最大の信頼を込めて叩いた。
「ありがとうございます、ボス」
シイナはメガネの位置を指先で直すと、冷徹な参謀の顔に戻って荷台の男たちを一瞥した。
「こいつらは根性がひん曲がっている追い剥ぎどもですから、こちらでしっかりと『仕込み(東義慶の規律の叩き込み)』を施します。すべて私にお任せください」
「ああ、頼んだぞ。お前の好きなように料理しな」
シイナが新入りの男たちを連れてアジトの奥へとテキパキと指示を飛ばし始めた後、翔は未だに呆然と突っ立っているギタとカブを振り返った。
「――だから言っただろう?」
翔は煙草の煙をふっと吐き出し、喉を鳴らして笑った。
「シイナはとんでもない『無頼(極道)』になるってな。あの女が『できる』と言ったら、どんな無茶だろうが本当にできちまうんだよ。奴の算盤(知恵)は、お前らの暴力と同じくらい、ウチの組織には欠かせねえ最強の武器だ」
首領のその言葉に、ギタとカブはただただ感嘆の息を漏らすしかなかった。
――総勢二百八十二人。
最高頭脳の参謀シイナがその実力を完全に証明したことで、新看板『東義慶』の足元は、これ以上ないほど盤石に、そして凶悪に固まった。
中盤
「――ボス、周辺の悪党どもをすべて飲み干し、我が組織(組)の足元は完全に固まりました。……ですが、この規模の軍勢を維持し、さらに『国を奪る』ための軍資金を集めるには、今の戦利品漁りだけでは限界があります」
新入りの仕込みを部下に任せ、作戦室に戻ってきたシイナが、世界地図の隣にある「廃墟街から少し離れた中立地帯」の街を指差した。
「そこで、次の巨大な『シノギ(資金源)』として、ぜひとも毟り取りたい場所があります。――『裏闘技場』です」
「裏闘技場、ねぇ……」
翔はくわえ煙草の先を赤く光らせ、その言葉の響きに、日本の裏社会でもよく耳にした巨大な金の匂いを嗅ぎ取った。
「はい。表向きはただの交易都市の地下ですが、そこでは夜な夜な、多額の金が飛び交う命懸けの賭博闘技が開催されています。戦士や奴隷、果ては敗残兵までを戦わせ、貴族や富豪たちが大金を賭けて狂喜乱舞する……。この周辺地域で最も『汚い金』が集まる場所です」
その解説を聞いた弟のカブが、目をらんらんと輝かせて机を叩いた。
「ヒャハッ! 最高じゃん! 正規軍の強い奴とか、賞金首の化け物とかが戦ってるってわけ? 腕が鳴るねえ、兄貴!」
「ああ。手ぐすね引いて待っている強い奴がいるなら、切り込み隊長としては見過ごせん」
ギタもまた、大剣の柄を握り直して獰猛に笑う。
「で、シイナ。その美味えシノギの場所を仕切ってる『顔役』はどいつだ?」
翔が静かに尋ねると、シイナはメガネの奥の目を冷徹に細めた。
「この地域の流通を牛耳る大商人、ガバルドです。奴は表向きは高名な貿易商ですが、裏では貴族たちに賄賂を贈り、裏闘技場の利権を独占して巨万の富を築いています。戦う力はない、ただの強欲なカタギ(豚)ですが……お抱えの屈強な『闘士(用心棒)』どもを多数従えており、非常に警戒が厳重です」
「大商人ガバルド、か」
翔は短くなった煙草を床に落とし、革靴のつま先でゆっくりと踏み消した。
金と権力に守られ、安全な特等席から他人の殺し合いを眺めて肥え太る大悪党。日本の裏社会でも、幾度となく叩き潰してきた、最も反吐が出るタイプの守銭奴だ。
「ハッ、贈り物で機嫌を取る泥棒ギルドよりは、少しは歯ごたえがありそうだな。――シイナ、ギタ、カブ。野郎どもに新しい上物の装備をさせろ」
翔は立ち上がり、懐のナガドス(長ドス)の柄を親指でカチリと押し上げた。その濁った両目は、すでに大商人の莫大な富と、裏闘技場という最高のシマ(縄張り)を完全にロックオンしていた。
「そのガバルドとかいう豚を血の海に沈めて、裏闘技場を丸ごとウチの『東義慶』の所有物にする。……さあ、本物の裏社会の娯楽ってやつを、異世界のクズどもに教えてやろうじゃねえか」




