第2巻第9話東義慶の参謀
ギタとカブが東の山林から剥ぎ取ってきた五十人分の国軍仕様の装備は、新看板『東義慶』の武力をさらに凶悪なものへと押し上げていた。
正規軍の強固な鉄胸当てに、研ぎ澄まされた軍用剣。それらを身に纏った二百人を超える私兵集団は、もはや一国の地方駐屯軍と比べても遜色のない威容を誇っていた。
この圧倒的な軍勢を背景に、ギタ、カブ、そして首領である稲川翔みずからがシマ(縄張り)を回り、脅威を徹底的に掃除したことで、廃墟街の拠点周辺の治安は劇的に改善されていった。今や、東義慶の縄張りを荒らそうとする命知らずな小悪党など、この辺りには一人も残っていない。
だが、組織の拡大の手を緩めるつもりは毛頭なかった。
改装されたアジトの執務室で、翔は地図の一点に煙草の吸殻を揉み消し、隣に立つシイナを見上げた。
「シイナ。廃墟街から北西に進んだ場所に、かなりデカい追い剥ぎ集団が巣喰ってやがる。……おい、お前に任せたい(ハメてこい)」
突然の大役に、シイナは一瞬だけ驚きにメガネを揺らしたが、すぐに冷徹な参謀の顔に戻って手元の書類を確認した。
「はい、分かりました。確か……構成人数は六十人ほどの大所帯ですね」
「そうだ。相手はこれまでのチンピラどもより数が多い。こっちもそれなりの相当数を用意してやる。百人ほど引き連れて、数の暴力で圧殺してこい」
チートなきこの世界での確実な兵法。だが、シイナは静かに首を横に振った。
「いいえ、ボス。三十人だけ私にください。それで、その六十人を丸ごと無傷で傘下に入れてみせます」
「おいおい……大丈夫か? 相手は倍の数だぞ」
翔はくわえ煙草のまま、少しだけ目を細めた。
「心配なら、ギタかカブのどちらかを向かわせても良いんだぞ。あの狂犬どもなら、六十人だろうが正面から噛み殺してくるが」
「いいえ、必要ないです。……追い剥ぎごとき、この『東義慶』の参謀(若頭)に任せてください。暴力でねじ伏せるだけが、あなたの教えではないでしょう?」
シイナはメガネのブリッジをクイと押し上げ、不敵な、そして冷徹な算盤(知恵)を持つ者の笑みを浮かべた。
かつて泥の中で命乞いをしていた気弱な学者の面影は、もうどこにもない。そこには、翔の放つ圧倒的な暴威のロジックを理解し、知略という刃を研ぎ澄ませた本物の裏社会の軍師がいた。
「ハッ……良い顔になったじゃねえか、シイナ」
翔は獰猛な三日月のような笑みを浮かべ、椅子の背もたれに深く寄りかかった。部下の成長をこれ以上なく喜ぶ、本物の首領の器だった。
「よし、行ってこい。……ただし、無傷で帰ってこいよ!?」
「はい、ボス。吉報をお待ちください」
シイナは深く一礼すると、三十人の精鋭を従え、自らの知略だけで六十人の悪党を支配するための冷徹なチェス盤(戦場)へと足を踏み出していった。




