第2巻第8話脱走兵の狩り
「た、ただいま戻りました……。ボス、本当にまた三十人、無傷で連れてきちゃったんですか……?」
西の盗賊団を丸ごと飲み込んでアジトへ帰還した稲川翔を、若頭のシイナは完全に白目を剥きながら迎えた。手元の算盤を持つ手が震えている。
北の山賊三十人に続き、西の盗賊三十人。ただの戦場跡地での目覚めからわずか数日で、組織の兵力は一気に総勢二百二十二人という、一端の軍隊並みの規模へ膨れ上がっていた。
「ヒャハハ! さすがボスだ、俺たちが留守にしてる間にまたシマを広げちまうなんてよ!」
カブが首を鳴らして歓喜の笑声を上げ、巨体のギタもまた、翔の圧倒的な手際に感服したように深く頷く。
だが、この拡大を続ける巨大な無頼漢組織の噂は、当然ながら周囲の「はぐれ者」たちをも引き寄せることとなった。
「ボス、休む間もなく次の報告です」
シイナがメガネを押し上げ、鋭い表情で羊皮紙を突き出した。
「この周辺の戦線から逃げ出してきた、国軍の『脱走兵』の一団がおよそ五十人、東義慶のシマの境界に紛れ込みました。敗残兵とはいえ元は正規軍、武器も防具も一級品です。どうしますか?」
翔はくわえ煙草の先を赤く光らせ、濁った瞳をギタとカブへ向けた。
「どうするも何もねえ。ウチのシマに入り込んだなら、ケジメをつけてもらうだけだ。……ギタ、カブ。お前ら二人の本領発揮だ。四十人引き連れて、その『お下がり品』を狩ってきな」
「ヒャハッ! 待ってました! 兄貴、本物の『狩り』の時間だぜ!」
「ああ。国軍の犬どもめ……山を焼いた連中の身内か。キッチリと片付けてやる」
――こうして、血塗られた兄弟は四十人の精鋭を率い、脱走兵たちが逃げ込んだ東の山林へと向かった。
国軍の脱走兵五十人は、自分たちが「追われる側」であることは理解していたが、まさか自分たちを遥かに凌ぐ「本物の狩人」に目を付けられているとは夢にも思っていなかった。
「おい、そこを囲め! 追い込めっ!」
山林の地形を完璧に熟知しているカブが、四十人の私兵たちを鮮やかに指揮し、脱走兵たちの退路を次々と塞いでいく。カブの槍とメイスが容赦なく先頭の兵士を叩き潰し、パニックに陥った五十人の脱走兵たちは、命辛々、一本の狭い谷筋へと逃げ込まざるを得なくなった。
だが、それこそが兄弟の『狩猟』の罠だった。
「――そこだ。逃げ場は無いぞ」
谷の崖上、熊のような巨体を揺らしながら、兄のギタが巨大な長弓を構えていた。
次の瞬間、人間業とは思えない神速の番えで、太い矢がじゃんじゃんと容赦なく射下ろされた。
ドシュッ! ドシュッ! ドシュッ!!
「ぎゃあぁっ!?」
「どこから撃ってやがる! 上だ、上を見ろ――ぶふっ!?」
ギタの放つ矢は、脱走兵たちの強固な鎧ごと肉体を貫き、地面に次々と縫い付けていく。逃げ惑う者には、腰から抜いた投げ斧が正確に脳天へと突き刺さった。
下からはカブと四十人の私兵が肉薄し、上からはギタの圧倒的な精密射撃が降り注ぐ。
それは戦闘ではなく、ただの「駆除」だった。
いくら元正規軍とはいえ、退路を断たれ、姿の見えない名手から射抜かれ続ければ、団結など一瞬で霧散する。
――わずか数刻。
東義慶のシマを荒らそうとした五十人の脱走兵の一団は、降伏の余地すら与えられず、たちまちのうちに『全滅』を遂げた。
谷底に転がる五十の亡骸。ギタは長弓を背負い、カブは血濡れたメイスを拭いながら、死体の山を見下ろして獰猛に笑う。
チートなき極道の看板『東義慶』。その切り込み隊長の圧倒的な武力は、もはや国軍の残党すら塵芥のように磨り潰すほど、凶悪に研ぎ澄まされていた。




