第2巻第6話黒牙団にカチコミ
作戦会議の終了から、わずか数時間後。
廃墟街の北側に位置する渓谷――山賊『黒牙団』の拠点は、一瞬にしてこの世の地獄へと変貌していた。
「オラァッ! カチコミだ野郎どもッ!! 逃げる奴は後ろからブチ殺せっ!!」
静かな渓谷に響き渡ったのは、弟のカブの狂暴な怒号だった。
ギタとカブが率いてきたのは、シイナが選りすぐった『東義慶』の精鋭四十人。旧盗賊ギルドの地下倉庫から接収した、上質な鉄剣と強固な革鎧でガチガチに武装した男たちだ。彼らは渓谷の入り口を完全に封鎖すると、雄叫びを上げて山賊の根城へと突撃した。
「な、なんだ傾き者どもは!? どこから沸いて出やがった――」
昼間から酒を飲んで油断しきっていた三十人の山賊どもは、突如として現れた完全武装の軍勢を前に、まともな防衛陣形すら組めず大混乱に陥った。
「ヒャハハ! 遅い、遅い! 隙だらけだぜぇッ!」
カブが獣のような俊敏さで槍を突き出し、慌てて武器を取ろうとした山賊の腕を正確に撃ち抜く。さらに、背後からは兄のギタが、猟師時代に鍛え上げた凄まじい精度で投げ斧を連射し、抵抗しようとする山賊の武器を次々と叩き落としていった。
圧倒的な武装の差、そして本物の賞金首である兄弟の狂暴な戦闘力。
山賊どもがパニックになり、右往左往する混沌の渦中――兄弟の狙いは、最初からただ一つに絞られていた。
「そこだァッ!!」
カブが地を蹴り、山賊の奥で狼狽えていた大男――黒牙団のリーダーの懐へと一瞬で肉薄した。
リーダーが剣を抜くより早く、カブの槍の石突が男の顎を強烈に跳ね上げる。脳を揺らされてよろめいたリーダーの首筋に、すぐさまギタの放った冷たい投げ斧の刃がピタリと押し当てられた。
「動くな。……声を立てれば、その貧弱な首が胴体とおさらばすることになるぞ」
ギタの地響きのような低い声が、渓谷に冷たく響き渡る。
一瞬にしてリーダーを人質に取られた山賊どもは、完全に戦意を喪失し、武器を握ったままガタガタと震えて固まった。
「おい、お前らの頭の命が惜しけりゃ、今すぐそのふざけたオモチャを床に置きな」
カブが血濡れたメイスを肩に担ぎ直し、周囲の山賊どもをぎらついた目で睨みつける。
「ボスの命令だ。賢い奴には首輪をはめて連れて帰ってやる。逆らう馬鹿は――今すぐここで、俺たちの『おやつ』にしてやるよォっ!?」
その圧倒的な威圧感と、一寸の無駄もない強襲劇。
リーダーの命を握られ、完全に退路を断たれた三十人の山賊どもは、一人、また一人と武器を地面に落とし、その場に崩れ落ちるようにして膝を突いた。
抵抗する間すら与えない、文字通りの全面降伏。
チートなき極道・稲川翔の命令通り、新組織『東義慶』の初陣は、誰一人として無駄に命を散らすことなく、完璧な形で山賊団丸ごとの無傷の強奪(吸収)に成功したのだった。
渓谷から引き連れてこられた三十人の山賊どもは、東義慶のアジトへ入るなり、その一糸乱れぬ規律と重厚な雰囲気に完全に圧倒されていた。
彼らを出迎えたのは、血塗られた兄弟ではなく、算盤を片手に冷徹な目を光らせる若頭のシイナだった。
「これより、あなた方に『東義慶』の規律を説明します。よく聞きなさい」
シイナの仕事は驚異的に素早かった。
新入りの三十人を即座に既存の十人ずつの班へ分散配置し、互いを見張り合わせる『連座制』の恐怖を叩き込む。さらに彼らの土地勘を分析し、物資の輸送路の警備や、周辺の警戒任務へと無駄なく役割を割り振っていく。
ただの荒くれ者の集まりだった山賊どもは、シイナの卓越した統治術によって、瞬く間に組織を強固にするための「歯車」へと組み替えられていった。
――そして、シイナがアジトで組織を盤石にしているその間、首領である稲川翔は、一瞬の猶予すら無駄にはしていなかった。
「よし。野郎ども、行くぞ」
ギタとカブが北の渓谷から戻ってくる前に、翔は自ら選りすぐった三十人の武装私兵を引き連れ、すでに次の目的地へと向けてアジトを飛び出していた。
標率は、廃墟街の西側の丘陵を拠点にする、別の盗賊団三十人。
一勢力を落とした直後の、最も周囲が油断している瞬間を狙う電撃作戦。
チート能力など持たない翔が、この異世界で瞬く間にのし上がるための唯一にして最強の武器――それは、裏社会の隙を突く圧倒的なスピード感と、容赦のない同時多発的なシマ(縄張り)の強奪だった。
「ボス、相手は三十人。こちらの私兵も三十人。数が同数ですが、正面から叩き潰しますか?」
街道を突き進む中、隣を歩く班長の一人が尋ねる。
翔は懐からタバコを取り出して火をつけ、濁った瞳で遠くの丘を見据えた。
「正面から馬鹿正直にぶつかるのは、カタギの喧嘩だ。ヤクザの襲撃(ハメ手)ってのはな、相手が武器を抜く前に、すでに勝負を終わらせておくのが極意だよ。……さあ、次のシノギの時間だ。泥棒猫どもに、本物の極道の恐怖を教えてやる」
紫煙を風に散らしながら、翔は長ドスの柄に手をかけた。
総勢百六十人から、一気に二百人近い規模へと膨れ上がろうとしている『東義慶』。その最凶の帝国の足音が、広大な大陸の裏社会へと、冷酷に響き渡ろうとしていた。




