第1巻 第8話「教会の罠』
途中変更ですがシイナの設定を女性にしました。
すいません
盗賊ギルドが話し合いの場に指定したのは、廃墟街の最奥に佇む、天井の崩れかけた廃れた教会だった。
かつては神聖だったであろうその場所は、今やひび割れた石壁と、不気味な蜘蛛の巣に覆われた悪党の巣窟と化している。
ギルド側が、自らのシノギ(縄張り・利権)を強奪した新参者をハメるために用意した、格好の処刑場だ。
ギギィ、と重い木製の扉を押し開け、稲川翔は堂々たる足取りで身を躍らせた。
羽織ったマントを揺らし、懐の手は愛用のナガドスの柄にかけられている。その後ろには、シイナが選りすぐった三十人の武装した私兵たちが、鋭い眼光をぎらつかせて付き従っていた。
教会の奥、かつて祭壇があった場所に、豪奢な椅子に深く腰掛けた男がいた。
仕立てのいい衣服を纏い、指にはいくつもの宝石の指輪をはめた男――盗賊ギルドのボスだ。その周囲には、抜かりなく武器を携えた取り巻きの悪党が三十人、翔たちを威圧するように並んでいる。
表面上の数は、三十人対三十人。互角の数字だった。
だが、教会の敷居を跨いだ瞬間、翔の脳裏にセットされた「ヤクザの直感」が警報を鳴らした。
崩れた天井の隙間、2階の回廊の影、そして祭壇の裏――。気配を殺しているつもりだろうが、日本の裏社会で何度も闇討ちをくぐり抜けてきた翔の目と耳は、そこに潜むさらなる伏兵たちの呼吸を、すぐに見抜いていた。
(……ハッ、上と奥に二十人は隠してやがるな。相変わらず泥棒猫の考えることは浅い)
チート能力はなくとも、修羅場の経験値が格の差を見せつけていた。しかし、翔はそんな気配など微塵も気づいていない風を装い、不敵な笑みを浮かべて歩みを進める。
盗賊ギルドのボスは、翔が間合いに入ると、下卑た笑みを浮かべて両手を広げた。
「ようこそ、新参者の稲川翔殿。……ふん、ずいぶんと物騒な連中を抱えているようで」
値踏みするようなボスの言葉に、翔は立ち止まり、懐からゆっくりと煙草を取り出して火をつけた。紫煙を天井の伏兵たちに向けて吹きかけながら、ボスの顔を真っ直ぐに見据える。
「物騒な連中、だと? ……ハッ、そっちこそ『今後の流通についての話し合い』とか殊勝なことを言ってた割に、ずいぶんとお友達(伏兵)がたくさんいるねえ?」
翔のその言葉に、ボスの眉がピクリと跳ね上がった。
周囲の取り巻きたちの間にも、一瞬にして冷たい緊張感が走る。完全に隠し通せていたはずの罠を、この黒髪の男は、出会い頭の一言で見事に暴いてみせたのだ。
「――ハッ。さすがだな。どうやらただの運が良いだけの悪党ではない、か」
ギルドボスは細い目をさらに細め、下卑た笑みを深くした。伏兵を見抜かれたというのに、その態度にはまだ余裕がある。数ではこちらが圧倒していると信じ込んでいるからだ。
「であんたこそ、わざわざ俺を呼び出して話し合いだなんて、一体何考えてやがる」
「まあまあ、そう殺気立つな。座りたまえ」
ボスが手招きすると、翔はフッと鼻で笑い、近くの埃っぽい椅子を蹴るようにして腰掛けた。
「まあ良いだろう。さっさと本題に入りな」
「我が盗賊ギルドは、この廃墟街の裏市を仕切っている。しっかりとした我が友人達――あの裏路地の追い剥ぎどもが戦利品を持ってきて、その品を私たちが裏市で流す。そうやって長年、互いに生きて来たのだ。……だが、そこに君たちが来た。挨拶も無く、瞬く間に酒場、そして我が仕入れ先である追い剥ぎ集団を下に付けた。一体何なんだ君たちは。おかげでこっちは一大事さ」
ボスはわざとらしく両手を広げてため息をついてみせる。だが、その目は全く笑っていない。
「早く要件を言えよ。ダラダラとおしゃべりする為に、わざわざ出向いたんじゃねえんだからな」
翔が冷たく言い放つと、ギルドボスは椅子の背もたれに深く寄りかかり、傲慢な態度で本性を現した。
「要件は三つだ。まず、あの追い剥ぎ集団を私の下に返せ。それがダメなら、今すぐこの街から出ていけ。……それか、今後は我が盗賊ギルドの『犬』として働くのなら、街にいても良いだろう。もし逆らうのなら――上にいる我が友人たちの矢が、君たちの頭を撃ち抜くことになるが……分かっているな?」
ギルドボスの脅しに、教会の空気が凍りつく。取り巻きの三十人がニヤニヤと翔たちを睨み据えた。
だが、稲川翔は怖気づくどころか、呆れたように深くため息を吐き、煙草の煙を吐き出した。
「結局それか。……全くもう。お前ら、大人しく俺に従うしかない状況だってのに、何も分かっちゃいねえな」
「……何だと?」
ギルドボスの眉が不快そうに跳ね上がる。その瞬間、翔は天井の闇を見上げ、クツクツと喉を鳴らして笑った。
「さっきから、あんたのお友達(伏兵)……ずいぶん静かだな?」
「何……!?」
ギルドボスがハッとして天井を見上げた、その時だった。
バサバサと2階の回廊から投げ捨てられたのは、ギルドが配置していたはずの伏兵たちの弓や、意識を失った男たちの身体だった。
「――全く、危ないですよ。全員、外に連れ出せ。基本は気絶だが、暴れる奴は殺してかまわない」
教会の暗がりから、埃っぽいメガネを指で押し上げながら姿を現したのは、シイナだった。その背後には、教会のすべての出入り口を完全に封鎖した、残りの百人近い『稲川組』の私兵たちが、ぎらついた武器を手に立っていた。
「「「ヘイ、総長っ!!!!」」」
私兵たちの怒号が教会に響き渡る。ギルド側の三十人の男たちは、一瞬にして逆包囲されたことに気づき、顔面を蒼白に染めた。
「ひっ……!? な、何が起きてる……!?」
ガタガタと震え出すギルドボスに向けて、翔は椅子から立ち上がり、肩のマントを翻した。
「計画通りだな、シイナ。先に話し合いの場所を突き止めて、あらかじめウチの私兵を忍ばせて制圧しておく。……全く、完璧な仕事だ」
「ありがとうございます、ボス」
シイナは冷徹な算盤を弾くような目で、目の前で腰を抜かしかけているギルドボスを見据えた。
「さあ、外堀のネズミはすべて駆除しました。ボス、残りのこの泥棒の親玉たちは、どうしますか?」




