7話 「そういうお年頃」
「ふーっ、やりきったぜー!」
「こんなに勉強したの久々だよー、達成感やばい!翔、今日はありがと!」
外からはカラスの鳴き声が聞こえてくる。
体感だと一瞬に感じたけど、頭の中にはしっかり、知識と解き方が身に着いている。これなら本番も乗り越えられる気がしてきた…!
「みんな、よくついてきてくれたな。今日の様子だと、来週からのテストも問題ないだろう。健闘を祈っているぞ!」
「ふふっ、翔くんのお墨付きね。」
改めてみんなで翔にお礼を言って、今日はお開きになった。
日中の暑さが、まだ地面のアスファルトから感じられる。日も長くなってきたし、もう夏本番か。
やがて途中の交差点で、綾寧と鏡花と別れる。
そしてしばらく恭介と二人でいつもみたいに話しながら歩いていると、近所の公園の前を通り過ぎるところで、恭介は足を止めた。
「なあ、晴太。ちょっと相談に乗ってくれねえか?」
いつになく真面目な顔をして、そう告げた。
「え?もちろん良いけど…。」
年季の入ったベンチに腰掛けて、公園の中心にそびえたつ大木を見上げる。この時間になるともう遊んでいる小学生もいなくて、風に木が揺らされる音だけが静かに響いていた。
「悪りいな、晴太。ほらよっ」
恭介は自販機で買ってきたアイスコーヒーをくれた。これこれ、いつものやつ。
「ありがとう。それで…話って?」
今まで恭介から何か相談されることなんてなかったから、ものすごく気になる。
そもそも、あんまり悩み事とかないタイプだと思ってた。
彼も自分の缶ジュースをカシュっと開けて、一口飲む。そして…意を決したように話し始めた。
「俺さ、好きな人がいるんだ。そんでよ…近いうちに告白しようと思っててさ」
なるほど。あの恭介がね…。意外と恋愛とかには無頓着な人だったのに、いよいよそんな時期が来たのか。
「あー、そういうことね(ニヤニヤ)。クラスの子?」
「クラスの子もなにも…。俺が好きなのは、綾寧だよ」
…!?
予想だにしない名前が出てきた。もちろん仲が良いのは周知の事実だったけど、恋愛的に好きだとは分からなかったし、そういう素振りも僕が見てきた範囲では無かったと思う。
「それはびっくりだ…。いつから好きだったの?」
「そんなのもう分かんねえよ…。気付いた時にはもう、好きだった。でも、一番のきっかけだったのは中学の時だな。俺、骨折しただろ?」
その時のことはよく覚えている。
中学2年生の時の運動会で、恭介はクラス対抗リレーのアンカーを任されていた。
みんな気合十分で、途中までは良い感じに進んでたんだけど、前を走ってたクラスの女子が、足をくじいて転んでしまい…。
アンカーである恭介にバトンが渡された時には、もう逆転は絶望的なくらいに他の走者との差が開いてしまっていた。
それでも、恭介は諦めなかった。
前を通り過ぎる時、観客席にまで風を感じさせるくらいに猛烈な走りを見せ、ゴールテープ直前で先頭集団に食らいついて…。
思いっきり、ゴールめがけてスライディング。
前代未聞のビデオ判定までもつれ込んで、その結果、僕らのクラスは優勝を果たしたが、もちろん無傷というわけにはいかず、恭介は右腕の骨折という、ある意味で名誉の負傷をしてしまった。
「あん時さ…一番気にかけてくれたのは、綾寧だった。もちろん晴太たちも色々助けてくれたけどよ…普段はろくに授業も聞かねえ奴なのに、利き手が使えねえからって、俺の分までノートを取ってくれたりしてさ。そん時から、好きになった。」
なるほど、あの時からだったんだ。思い返してみれば…保健室まで付き添ったのも綾寧だったし、腕が使えるようになるまでは体育委員の仕事も代わりにこなしていた。
「ははっ…なんかこっちまで照れてきちゃうな。それで、いつ告白するつもりなの?」
「それを迷っててさ。そもそも、告白して振られたとしたら…今まで通りにできるのかって、心配なんだよ…。もしそうなったら、お前たちにも迷惑かけちまうしよ…」
なんと。
恭介に関しては珍しく、かなり慎重に考えている。いつもの彼は、考えるより先に行動するのに。
そして困った。あいにく僕には、気の利いたアドバイスをできるほどの恋愛経験がないんだ…。
頼りない幼馴染で申し訳ない…。
でも、一つだけ言えることがある。
「恭介。不安になるってことはそれだけ綾寧のことが本気で好きってことなんじゃないかな。その想いを伝えずに我慢するなんて、もったいないよ。それに、告白の結果がどうであれ、僕たちが友達でいることに変わりはない。綾寧だってきっとそうだよ。」
それだけ今まで積み重ねてきた友情が僕らにはある。恭介を励まそうとして言ってるだけじゃなくて、心の底からの本心でそう思ってる。
「だからさ、素直な気持ちを伝えることが一番だよ。そういうとこも、恭介の魅力だと…僕は思ってるから。」
恭介は屈託のない笑顔で、僕にグータッチをしてきた。
「そうか…。晴太、サンキューな!話したら楽になった!」
決意を固めた様子で、ベンチから立ち上がった。うんと背伸びをしてから拳を握りしめる。
「来月、花火大会あるだろ?俺、そん時に告るわ。わりーけど、そん時も協力してくれたらありがてえ。」
「もちろんだよ。こっちこそ話してくれてありがとう。応援してるから!」
話し込んでいるうちに、すっかり暗くなってしまった。そのまま恭介とも別れて、自宅までの道のりを歩いていく。
その間、僕はどこか感慨深い気持ちになっていた。
高校生ならそういうことがあってもおかしくないけど、いざ身近な人が恋してるとなると、僕もそういう年頃になったんだって。
ここでピコン、とスマホの通知音が鳴る。
画面を見ると、恭介がメッセージアプリでみんなをメンションして、夏祭りに誘っていた。
なるほど、祭り自体はみんなで行って、いいタイミングで二人きりになるって作戦か。
いきなり二人で行こうって誘ったら「え?みんなは?」ってなるだろうから、賢明な作戦だろう。
(僕もいつか…そういう相手に出会えるのかな。)
やがて見慣れた我が家が見えてきた。よし…帰ったらもうひと勉強して、来週も頑張ろう!




