6話 「翔先生」
「ということでテスト範囲はここまでだからなー。ワークの問題も解けるようにしとくんだぞー」
梅雨が明け、最近はセミの声も聞こえ始めてきた。
高校にもすっかり馴染んできたところで、いよいよ夏休み前、最後の鬼門…期末テストがすぐそこまで迫っていた。
「マジかよセンセェ~!範囲広すぎっすよぉー」
恭介が黒板に書かれた化学のテスト範囲を見て、それに物申している。
「藤林、お前なあ…。特別課題、出してほしいか?」
「そ、それだけはご勘弁をー!」
どっとクラスに笑いが巻き起こる。
活発で明るい性格の恭介は、僕らの中だけではなく、クラスにおいても中心的なポジションにいる。
授業が終わり、終礼が始まるまでの間、僕たちは身を寄せ合って「作戦会議」を行っていた。
「改めて見ると…この課題の量と、膨大なテスト範囲…。厳しい戦いになりそうだ」
「やべえよ…。とりあえず数学は捨てるしかねえか…戦略的撤退も視野だぜ、これは」
これまでとは打って変わって、高校に入ってから勉強の難易度が跳ね上がった。
それだけじゃなくて、例えば理科で言うと、生物と化学の2科目に増えたりしたせいで、単純に量も段違い。
僕は今まで、何とか一夜漬けで乗り越えてきた。
先生がテストに出すって言ったところとか、なんとなく重要そうなところを頭に詰め込んで、平均点くらいを取り続けてきたけど…いよいよそのやり方も通用しなくなりそうだ。
「馬鹿なこと言ってないでしっかり勉強しないと…冗談抜きで留年するわよ?ちなみに赤点は、40点未満らしいわ。」
うちの高校では、赤点を取ると補習を受けることが義務付けられている。
その間、部活や委員会に参加することは許されない。
そして補習を修了すると、再テストを受験して、それが合格点に達していれば無事に留年回避となる。
僕たちの中では、特に恭介と綾寧が勉強を苦手としている。
恭介はサッカー部、綾寧はバスケ部。
二人とも、イメージ通りのスポーツ系だ。
「翔センパイ、どうか力を貸してはくれないでしょーか!」
ウインクをしながらパン!っと両手を合わせて、懇願する綾寧。
それを受けて、翔はメガネをくいっと上げてにやりとする。
「親友の頼みとなれば、見過ごすわけにはいかないな!よし、この後うちに来い!北原塾の開催だ!」
ということで、放課後に翔の家にお邪魔することになった。
…
「お、もうみんな集まってるんだ」
インターホンを押して家の中にお邪魔すると、リビングには僕以外の全員がすでに集合していた。
そして何故か大きなホワイトボードがテーブルの奥に佇んでいて、翔はマジックを手に持ってスタンバイ。
「あれ、そんなプリントあったっけ?」
綾寧の解いているプリントを覗いてみると、「数学 対策問題」と題されている。
「それは俺が用意した問題集だ。テストまであまり時間がない。とにかく要点だけ覚えて帰ってもらう!晴太の分はこれだ」
用意したって…この短時間で!?
それによく見ると、問題の内容もそれぞれ違っている。
全員の得意、不得意を把握して、その上で学ぶべき問題を作って…この気合の入りよう。
こっちまで頑張らないと、って気持ちになる。
「翔~!この問題、ここから分かんねえ…」
珍しく、恭介もシャーペンを持って真剣に問題を解こうとしている。
「これはだな、文字と数字で分けて考えるんだ。まず分数を消して、簡単にしよう。」
少し翔の解説に耳を傾けてみると、学校の授業みたいに一方的に教えるって感じじゃなくて、同じ目線で一緒に解いてる感じだ。
「おお!つまり答えはx=4ってことだ!すげえ、俺でも解けたぞ!」
「翔くん、教えるのがすごく上手ね。先生とか、向いてそうなものだけど。」
鏡花の言葉を聞くと、翔はどこか照れくさそうな顔をして話し始める。
「昔、とても世話になった先生がいてな。あの人は、俺にとっての恩師だ。もう勉強が嫌になってしまった時期があったんだが、その先生が親身になって、問題の解き方だけではなく、勉強の楽しさを教えてくれた。…そのおかげで、今の俺がある。あの人が今、どこにいて何をしているかは分からないが、また会えたときには…胸を張っていたい。」
翔が勉強という努力を積み重ねられる理由。その背景には、思っていたよりも深いものがあった。
それに、頭が良いのはよく知っていたけど、ここまで分かりやすく教えられるのも才能の一つだと思う。
「翔ー!あたしにもここ教えて!」
「ああ、任せろッ!ここは…」
こうして、翔の特別授業は続いていった。




