5話 「ずっと先の、未来のこと」
「うぇ…。お、終わったのか…?」
気が付くとスタート地点へと戻ってきていた。
ガタンという大きな音とともに、コースターは停止する。
一つだけ分かったことがあった。
僕は生涯、二度とこんな乗り物には乗らないだろう。いや、絶対にそうする。
そんな決意を固めた僕の隣で、綾寧はキャピキャピと楽しそうにはしゃいでいた。
「いやぁ~最高だったね!もう一周、いっとく?」
僕の肩をバシバシ叩きながら悪魔のささやきをしてくる。
頼むから勘弁してください…。
というか他のみんなはこういう絶叫系、平気だったのかな?
よろけながらもなんとか立ち上がって座席から降りると、約一名足りない人がいることに気が付いた。
「あれ、鏡花?早く降りないと、後ろの人待ってるよ。」
さっきまで乗っていた1つ後ろの座席で、無表情の鏡花が虚を見つめている。
「ねえ、晴太くん。悪いのだけれど、手を貸してくれないかしら。」
何事かと思って近づいてみると、何やら小刻みに震えているような…?
「その…腰が抜けちゃって…立てないの。皆には内緒ね…?」
目を潤ませていて、いつもの鏡花からは想像できないくらいに弱々しい姿。
なんかこういうギャップって…グッとくるものがあるよな。
…
休憩を挟んでからも色んなエリアを回って…
気付くと太陽が山の向こう側へ隠れ始めている。
ずっと歩き回ってたから体は疲れているけど、心はとても満たされていた。
「あっ…見て!一番星!!」
この遊園地は比較的、標高の高い場所に作られているので、展望スポットからは空と市街地をよく見渡すことができる。
心地よい風が吹き抜けていく…。
最高のロケーションに、笑顔のみんな。
いま僕が見ているこの景色そのものが、「青春」ってやつなのかもしれない。
手すりにもたれかかって、ぼんやりしていると…恭介がみんなに問いかける。
「お前らはさ、高校出たらよ…どうするんだ?」
思わぬ角度からの質問に、すぐには答えが出せなかった。
なんとなく大学に行くか、就職するかして…普通に生きていくと。
そんなイメージしか持っていなかった。
これといってやりたいこともないし。
「オレは医者になる。両親にはたくさん、わがままを聞いてもらったからな…。」
「私はピアノの演奏家になりたい…から。音楽が学べる大学に行くつもりよ。」
鏡花は昔からピアノを続けている。
小、中学と卒業式の時には生徒を代表してピアノを弾いていたくらいに。
演奏会とかコンクールにも定期的に出ているらしく、腕前は確かなものだ。
みんな、ちゃんとこれからのこと考えてるんだ…。
かくいう僕は、まだ時期尚早だと自分に言い聞かせて、今まで目を逸らし続けてきていた。
「俺は多分、家の仕事継ぐわ。って…お前ら遠く行っちまうのかよ~。寂しくなるぜ…。」
恭介のお父さんは漁業に従事している。
海が近い地域に住んでいるから、そういう家も多い。
「あたしは~、やっぱりお嫁さんかな?」
綾寧は…多分ふざけている…。
顔が完全にそういうときの表情。
みんな真面目に考えているというのに…。
「お嫁さんって…誰の?」
聞いた瞬間、綾寧の動きがピタッと止まる。
一呼吸おいて、顔がみるみる赤くなってきた。
「…!だ、誰のって…。そんなのまだ分かんないよっ!」
そう言いながら手をグーにしてポカポカと叩いてくる。
あれ、何かまずいこと聞いちゃったかな?
さらにその様子を見て、鏡花が悪そうな笑みを浮かべている。
なに…?怖いんだけど…。
「そんで晴太は?なんか決めてんのか?」
「うーん。特にないけど、なるようになるんじゃないかな。」
ないものをあるとは言えない。正直にそう言うことにした。
「なんだよーそれ。ちゃんと考えとけよ?3年間なんてあっという間だぜ?」
「でも、はっきりとした青写真を持っている人の方が少ないんじゃないかしら。焦らないで、ゆっくり探していけばいいと思うわよ。」
僕に特技の一つでもあってくれたら良かったんだけどなぁ。
「ははっ…。なーんか柄にもなくしんみりしちゃったね~」
この雰囲気に風穴を開けるように、綾寧はみんなの方を振り返って言う。
「確かに、俺たちには似合わねーよな。卒業しても、ダチのまんまでいよーぜ!」
「そもそも、恭介は卒業できるかわかんないけどね~(笑)」
「うるせー!綾寧だってこの前の小テストで…」
「あーっ!それ言っちゃダメ!!」
二人の掛け合いが、僕たちにいつもの活気を取り戻そうとさせた。
恭介の言うとおりだ。
もちろん、先のことを何も考えずにフラフラ生きていけるほど今の世の中は甘くない。
大人になって、歳を重ねていくと、5人で過ごしてきたこの日々は、「思い出」という箱の中に仕舞われてしまうのだろうか。
少なくともあと数年もすれば自分を取り巻く環境は大きく変わるだろう。
何もかもこれまで通り、とはいかない。
これから待ち受けている未来が、どんなものなのか。分かりっこないし、想像もつかないけど…。
それがどんなものだったとしても、今だけは、目の前のことを大切にしたい。
それくらい、僕にとってみんなとの、この居場所は…かけがえのないものだから。
「高校生って、もう大人じゃん?できることいーっぱいあるし!あたしたちで最高の思い出、作っていこうよ!」
「さあ、次はディナーだ!盛り上がっていくぞ!」
『おー!』
そうして僕たちは夕日と夜空が織りなすグラデーションに背を向けて歩き始める。
思い出という本に、新たな1ページを刻んで。




