3話 「幼なじみ」
————————気が付くと、僕はさっきまでの教室とは違う場所にいた。
(ん…?ここは…)
ぼんやりとした僕の視界に映りこんでいたのは、夏の海だった。
なぜ夏と思ったのかは自分でもよく分からない。
ただ、僕が今目にしている場所はどこか見知っているような、懐かしいような、そんな感覚だけが心の中で渦巻いていた。
そして長く続いている砂浜の向こうから、具体的にいうと30mくらいだろうか。
そこから僕に向かって手を振る人が何人か見えた。
(あの人たちは…たしか…)
こころなしかさっきよりも視界がはっきりしてきたような気がした。
(…!思い出した。全部、思い出した…。)
まるで濁流のように激しく、今まで忘れてしまっていた記憶が次々と溢れてくる。
その瞬間だった。
遠くから鐘みたいな音が聞こえてくる。
僕が思考を巡らせる暇もなく、また視界が暗闇に包まれた————————
…
「ちょっと晴太、いつまで寝てるのー?」
聞き馴染みのある、綾寧が呼ぶ声で目を覚ました。
(頭、痛い…。)
目の奥あたりがズキズキ痛む。ついさっきまで、確かにぼくはあの”場所”に居た。
そこに関する記憶も、全部思い出した…はずなのに。
今残っているのは、ただ思い出した、という感覚だけ。肝心の中身は一切覚えていない。
(あと少しだったのにな…。)
言いようもないもどかしさや悔しさでいっぱいだ。
「どうした?具合でも悪いのか?」
恭介が心配そうな表情で僕に問いかける。
「いや、大丈夫。ちょっと寝ぼけてたみたい。」
「そんなことよりさー、さっきの続きだけど」
間髪入れずに話が切り替えられる。
「次の週末って、みんなヒマ?せっかくのゴールデンウィークだし、どっか行かない?」
「その言葉、待ってましたぁ!もちろん空けてるぜ」
「私も特に、予定はないわよ」
続々と言葉が飛び交う。
だいたいこのメンバーで集まる約束をする時は、こんな感じだ。
恭介か綾寧が誘って、それに僕たちが乗っかる。
「翔はどうだ?やっぱ休みでも塾とかあったりするのか?」
「愚問だな。」
「ん?それはどっちの意味??」
「この絶好の機会に、予定を入れるはずがないだろう。お前たちと存分に楽しむつもりだ。」
その言葉に、思わず笑みが溢れる。
それだけ、この場所を大切にしてるってことなんだろうな。
「で、晴太はどーなのー?」
「もちろん良いよ。どこに行く?」
たいてい、この辺りで遊ぶとなると、駅前にあるショッピングモールか、自転車で行ける距離にある海岸、もしくは翔の家に遊びに行く。
翔の両親はどちらも医者で、かなり広い家に住んでいる。
5人で遊ぶことになっても、十分に余裕があるくらい。
「せっかくの連休だし、ちょっと遠出してみたくない?もう高校生になったわけだし!」
僕の筆箱を手に取って、くるくると回しながら綾寧が提案する。
「賛成!パーッとやろうぜ!」
「よーし鏡花!1から3で好きな数字選んで!」
「えぇ…、それじゃあ、2にしようかしら。」
「了解!ということで行き先は…、ここに決定!」
綾寧はそう言ってスマホを差し出す。
そこに映し出されていたのは、隣県に新しくできたテーマパークだった。
世間では某ディズニー的なランドのパクリだなんて言われてるらしいけど、どうなんだろうか…。
というか、鏡花がどの数字を選ぼうと、綾寧はここを提案するつもりだったのでは…?
遊園地とか、好きなタイプだし。
「晴太、アラームを忘れるなよ。なんなら起こしに行ってやっても良いぞ。」
「大丈夫、学校以外なら寝坊しないから」
「9時に駅前集合ねー!遅刻したら容赦なく置いていくよ!」
そんなこんなで、次の日曜日の予定が決まる。
友達だけで遠出するのは久しぶりだから、遠足の前みたいに楽しみだ。
わちゃわちゃしているところでチャイムの音が僕たちを現実へ引き戻し、次の授業が始まった。
…
「やっと終わった…。うわ、手が真っ黒。」
連休とはいえ、楽しいことだけではない。まあまあな量の課題が各教科から出されている。
遊ぶときは気兼ねなく楽しみたいタイプの僕は、一気に課題を片付けてしまった。
あっという間に明日は出かける日。
楽しみではあるけれど、今日はずっと教科書とにらめっこしていて疲れたから、よく眠れそうだ。
なんとなくスマホを開くと、グループチャットで恭介たちが盛り上がっていた。
どのアトラクションに乗るとか、帰りにご飯食べようとか。
具体的な話をすると、一気に現実味を帯びてくる。
寝る準備を済ませ、部屋の明かりを消す。
最近、寝る前に考え事をするのが日課になっている。
昔のことを思い出してみたり、逆にこれからの将来のことを想像してみたり。
そうして、知らぬ間に眠りに落ちる。
(そういえば…、あの夢…)
また、思い出してしまった。夢の中での出来事を。
不思議なことに、いつも意識が朦朧としてきた段階で、ふと頭に浮かんでくる。
(女の子がいて…、こっちに手を振ってくる人が居て…)
一つずつ、これまで見た夢をなぞるように思い出していく。
でも、頭の中にはそれらしい記憶が見当たらない。
例えばアニメでそういうシーンをたまたま見たとか、漫画にそんな一コマが描かれていたとか。
そういうことなら、何かしらの要因で夢に現れたりしてもおかしくないけど…。
というか、なんで同じような内容の夢を何回も見るんだろう。
冷静になって考えてみると、腑に落ちないことだらけだ。
この前なんて、会ったこともないはずの女の子が、目を覚ますとすぐそばにいて、逆にその子は俺のことを知っているような口ぶりで…。
ん?待てよ。
そういえばあの時の夢の中では、思い通りに言葉を発することができたような気がする。
普通、夢を見る時って、その世界の中での自分の思った通りに手を伸ばしたり、歩いたりすることができないはず。
分かりやすく言うと、映画館で自分の視点が投影されたスクリーンを見ているような感じ…かな。
もしあの世界がパラレルワールド的な存在だとしたら…。
いや、そんなわけないか。どうせそのうち…見なく…なる…はず…だよ、な。
その日の夜、例の夢を見ることはなかった。




