16話 「ぼけなす!」
………
おばあちゃん家みたいな、畳の匂いがする…。
「ちゃぷちゃぷ」と水の音も聞こえてきた。三途の川ってこと?
ここまで来ると、もう諦めムードだ。
僕はわずか15年の短い生涯に幕を閉じた。友達や家族に恵まれて、幸せな人生だったよ。
未練があるとすれば、なにか大きなことを成し遂げたかった。アイデンティティを持ちたかった。
……それは来世の僕に託すとしよう。
「冷たっ!!」
今度は額にめちゃくちゃ冷たい感触が走る。さっき目覚めた時と真逆の状況。一体何が……
目を開けると、心配そうに僕の顔を覗き込む人がいた。
なんでかな。
知ってるわけないのに、また名前を呼びたくなった。
いや、呼ばなきゃいけない気がした。
「サキ」
「!…よかった。もう、無理しちゃだめだよ」
紛れもない、あの時の夢で見た女の子。
今日は髪を括っている…夏になったからかな。
というか、僕はまだ死んでいないってことか。一時はどうなることかと思った…。
「君が助けてくれたの?」
「うん。」
一つ、借りを作ってしまった。
でもどうやって、僕のことを見つけられたのかな。
この前も目が覚めたら目の前に居たし、まさか僕がここに来るタイミングを知っているのか?
「ここはどこ?」
「私の家…の敷地にある休憩所。」
敷地?休憩所?どういうことかと思って窓から外を見てみると、石畳の道が続いていて、その先には立派な建築物…。
なんと、家が神社だって…?そんな子、本当にいるんだ。
「そうなんだ。助けてくれてありがとう。財布もスマホも持ってなくてさ。あのままだと危なかった。」
実際、倒れたまま放置されていたら本当に危なかったかもしれない。
少しでも人気がある船着き場に居たのが不幸中の幸いかな。
「あ…それは、ごめん」
なぜか彼女は謝ってきた。
私のせいだと言いたげなくらいに申し訳なさそうな表情でこちらを見つめている。
それと、改めてこの子の顔をよく見てみると…とても可愛い。
雰囲気だけだと大和撫子みたいな清楚さを感じさせるけど、喋ってみると少しだけあどけなくて…思わず胸がときめいてしまう。
それに今の漫画みたいな展開が、より僕のドキドキを大きくさせる。
「なんで謝るんだ?君は何も悪くないじゃないか」
そう言うと、彼女は何ならあたふたし始めながらこちらを指さす。
「そ、そうだよね!次からは気を付けるように!」
さっきからこの子の反応に対して違和感を感じる。
いまいち話が噛み合ってないというか、挙動不審というか…。
「僕の幼なじみだって、この前言ったよね?それはいつから?」
「え、えーと…。小学生くらいかな?」
少し考える間を置いてから、そう答えた。ひとまず、次の質問に移る。
「じゃあ、僕のフルネームは?」
「……晴太」
「うん。下の名前は合ってる。名字は?」
ここまで聞くと、彼女は完全に黙ってしまった。
まさか、知らないとは言わせない。
わざわざ「友達」じゃなくて「幼なじみ」なんて言うくらいだから、フルネームくらい知っていて当然だろう。
「…もう、晴太のいじわる」
ほっぺたをぷくっと膨らませて、これまた可愛げに溢れた怒り方。
「何か隠してるなら、教えて欲しい。分からないことだらけなんだ」
おそらくだけど、彼女は何かを知っている。
それはこっちの世界の住人だからというのもあるけど、なぜ僕がここに来たのかという根本的な問題に対しても、何かしらのヒントくらい持っていそうだ。
「やっぱり私、嘘つけないみたい…。晴太、言わないといけないことがあるの」
覚悟を決めたように、改めてこちらに向き合う。
もしかして、愛の告白でもされるのか…?気持ちは嬉しいけど、まずはお互いを知ってから…。
そんな思い上がりをしていると、彼女は口を開いた。
「実は晴太をここに呼んだの、私なんだ。」
やっぱりそうだよな。じゃないと辻褄が合わないし。
「…そうなんだ。それは、何か理由があって?」
「晴太じゃないと、ダメだったから」
僕じゃなきゃダメだった、か。
そんなに僕が必要とされる理由は分からないけど、なぜが胸の中が暖かくなった。
誰かに必要だって言って貰えるのって、こんなに嬉しいんだ。
ここで、気が舞い上がった僕は少しだけ調子に乗ってしまう。
「もしかして、僕のことが好きなのか?」
「は?そんなんじゃないし!ぼけなす!」
水に浸してあったタオルを振り回しながら、ペチペチ叩かれた。
水滴がそこら中に飛び散ってしまい、ちょっと焦る。
「ごめんって、ちょっとからかおうとしただけなんだ!」
ふん!とそっぽを向かれてしまう。
まずい、せっかく僕のラブコメが始まろうとしていたのに、余計な一言のせいで打ち切りになってしまいそうだ。
「とりあえず、話を戻そう。僕たちはどこかで会ったことがあるのか?」
一通り、昔のクラスメイトとかを思い返してみたけど、それらしい人物はいないはず。
そもそも少子化のせいで、ずっと2クラスしかなかったし。
彼女にとっての僕は、何者なんだ。
「……ぱり、覚……いか。」
ぼそっと独り言のように彼女はつぶやく。
「ん?なんか言った?」
それに対する何も返答はなかった。そのまま気まずい沈黙が流れる。
ダメだ、こういう時は話題を提示して、会話をリードしないといけないのに。
「そうだ、夏祭りとかは行ったの?」
こういう時は、共通の話題が一番強い。
彼女の家は神社らしいし、お祭りとかもやってそうだから、これは盛り上がるぞ…。
「夏…?お祭りって、冬にやるものじゃないの?」
きょとんとした顔でそう答える。
まるで頭の上に「?」マークが浮かんでいるかのよう。
確かに冬に開催される祭りもあるだろうけど、大多数は夏にするものじゃないのか?
…いや、よく考えろ。
ここは慣れ親しんだ世界じゃなくて、「夢のセカイ」だ。
そして僕にとっては夢の中でも、彼女にとっては現実に他ならない。
必ずしも僕の常識が、このセカイで通用する保証はどこにもないんだ。
まずは現実という色眼鏡を外すところからスタートしないと。
「僕の世界では夏にやるんだ。友達と行ったんだけど、出店で買い食いしたり…花火もめちゃくちゃ綺麗で楽しかったな。」
そういえば、もうあれから1カ月も経ったのか。
いつだったか恭介が「3年なんてあっという間」って言ってたけど、その通りだ。
「私は家のお手伝いしなきゃだから、お店とか行けないんだ。……友達なんていないし」
やってしまったー!
故意ではなかったものの、ピンポイントで地雷を踏み抜いてしまった…。
話した感じ、明るいタイプの子ではないとは思っていたけど…。
いずれにしても僕の配慮が足りなかった。
さっきから、好感度が下がる選択肢ばっかり選んでいる気がする。
全く、こんなんじゃダメだ。じゃあどうすればいい?答えはたった一つ…行動で示すしかない!
「じゃあさ、友達になろうよ」




