14話 「自分じゃ気付けないものだぜ?」
ブン!と釣り竿をしならせて、沖の方へとルアー(疑似餌)を飛ばす。
今日は恭介の誘いで、二人で釣りをしに来ていた。
一日中、曇りの予報で、日差しを受けないだけでかなり過ごしやすい。
時折、遠くの方を漁船らしきものが通り過ぎていくのが見える。
波の音も心地よく感じられて、ただぼーっとしている時間が多いけど、こういうのも嫌いじゃない。
チルい、ってこういう時に言うのかな?
「晴太、最近どうよ」
「え、最近?変わらず平凡な日常を享受してるよ」
これと言って特に変わったことはない。
夏休みに入ってからは、定期的にみんなと遊びに行ったり、何もない日はちょっとずつ課題を進めたり…ごく普通の夏休みって感じだ。
「そうか。なら、良いけどよ」
海の方に目線が向いたまま、彼はそう言った。
「逆に恭介はどうなの?」
自然な流れでこちらも同じことを聞き返す。
夏休みでも部活はあるだろうし、割と忙しい方なんじゃないかな。
「俺もまあフツーだな。部活でリーグの予選が9月からあってよ、それに向けて頑張ってる」
へえ、もう大会とか始まるんだ。
少し前、恭介は晴れてスタメン入りを果たした。
下校するとき、部活に勤しむ彼を目にすることがあるけど、上級生に交じってプレーしていることが多い。
体格でも見劣りするどころか、むしろ勝っているかもしれない。
「凄いなあ…、羨ましいよ」
ぽつん、とそんな言葉を僕は零す。
幼馴染である彼を、近い距離でずっと見てきた。
昔から、彼の周りには人がたくさん集まってくる。
明るくて、ユーモアがあって、強靭なメンタルを持ってて。
恵まれた体格だけれど、それにあぐらをかかず、ひたむきに努力を続けることができて。
本当にたくさんの魅力が備わっている。
劣等感…というほどではないものの、たまに僕自身と比較してしまうことがあった。
「…。俺だって、お前が羨ましいけどな」
一瞬、聞き間違えたかと思ってしまった。
何をもって僕のことを羨ましいなんて感じるのだろうか。
全てが中途半端で、何かが世の中の人より優れていると思うことなんてない。
寂しい考えかもしれないけど、僕の代わりなんていくらでもいるし…。
明日いきなり僕がいなくなったとしても、社会の歯車は寸分の狂いもなく回り続ける。
それくらいちっぽけな存在なんだ。
「やめてよ…僕なんて、大したことないのに」
自虐っぽく、困ったような笑顔になってしまった。
「いいところって、自分じゃなかなか気付けないものだぜ?」
恭介らしくなく、名言みたいなセリフが出てきた。
どういう意図があってそう言ったのか気になるけど、さらに彼は言葉を続ける。
「晴太は自信なさそうにしてるけどよー。お前は、俺にないものをたくさん持ってる」
恭介になくて、僕にあるもの…皆目、見当がつかない。
お世辞なんじゃないかとさえ思ってしまうけど、そんなこと言うやつじゃないしな…。
(うわっ、冷た)
一際大きな波が防波堤に押し寄せ、水しぶきが降り注ぐ。
そろそろ満潮の時刻だから、来た時よりも水面を近くに感じる。
その時。
揺らぐ波の動きを眺めていると…奇妙な感覚に襲われた。
この景色を、どこかで見たことがある。デジャブだ。
……いや、違う。
僕は「夢の中」で、これを見たことがある。
そういえば例の不思議な夢のことを、すっかり忘れていた。
3カ月くらい前…何度か、変な夢を見たんだ。
知らない場所にいて、女の子がいて。
なんで今思い出したんだ?
眠くなったりして、意識がぼやけてきた時にしか思い出せなかったはずなのに。
「晴太?ぼーっとして、どうしたんだ?」
隣から恭介の声が聞こえて、はっと我に返る。
少し迷ったけど、恭介もあの時相談してくれたし、あの夢のことを話すことにした。
「面白半分で聞いて欲しいんだけど…実はちょっと前、不思議な夢をみたんだ。どんなのかって言うと…」
できるだけ、覚えている内容を細かく説明した。
言葉にしてあの記憶をたどっていくと、なぜか次から次へとスムーズに思い出すことができた。
「…っていうことがあったんだ。」
思わずそこそこ長く語ってしまった。
そんなの有り得るかよ、って内容しかなかったと思うけど、恭介は茶化さず最後まで聞いてくれた。
こういうところが良い奴なんだよな。
「そりゃ奇妙なモンだな…。お前に、何かを伝えようとしてるんじゃねえか?」
伝えたいことか。
神様からの啓示…みたいな?
……あいにく僕は無神論者だ。
初詣でどんなことを祈ろうと、おみくじにどんなことが書いてあろうと、その通りになったことなんて一度もない。
それどころか3日もすれば、そんなことは忘れてしまっているものだから。
「でも、この夢を楽しみにしてる自分もいるんだ。」
見たいか見たくないかで言うと、また夢を見てみたい。
こういうファンタジー的な体験って、なんかロマンを感じる。
「こういう内容の夢を見よう」と思って見れるものじゃないから、単なる妄想と違って価値があるように思う。
例えるなら、土日に学校が休みの日と、台風で臨時休校になった日の違いみたいな。
同じ休みだけど、後者の方が特別感を感じる。
「もしかしたら今日、その夢をまた見るかも……なっ!」
恭介は糸を巻いて海から何かを引き上げる。名前は分からないけど、そこには立派な魚が食いついていた。
釣果をあげたところで、今日はもう切り上げることにした。
気温もだいぶ上がってきたし。
時刻は朝9時を回ろうとしている。釣りに行く日は基本早朝からになるので、眠気がすさまじい。
話しているうちは大丈夫だったけど、自分の部屋に戻ってくるとすぐに力尽きて寝転がってしまう。
お腹が空いている気もするけど、睡眠欲の方が勝った。
今寝たら、何時に起きるだろう…昼くらいに起きれたらいいな。
アラームすらかけずに、僕は目を閉じる。
セミの大合唱さえだんだんと遠くに感じるようになって…全身から力が抜けていく。




