12話 「無力」
湯船から滴り落ちる水滴を眺めながら、「どうしたもんかな…」と頭を悩ませていた。
このまま気まずい感じになるなんて…絶対に嫌だ。
でも、今の僕にできることは何もなくて。
改めて自分の無力さを知る。
結局、あの後はそのまま解散になった。
綾寧は泣き止まなくて、とりあえず鏡花が一緒に居てくれることになった。
やっぱり恋愛って難しい……いや、そんな単語一つで形容しきれない。
ただ、仲が良ければ付き合えるなんて単純なものじゃなかったんだ。
よくある振られる時のセリフに、「友達としてしか見れない」なんてのがあるけど、そういうことを思ってたりしたのかな、綾寧は。
友達としての好きと、異性としての好きって気持ち。それらを区別しているものの正体は、何だろうか。便利な世の中になったもので、いつだって分からないことがあれば検索エンジンにかけて、答えを得ることができる時代だ。
しかし、こと恋愛という事柄においては、一般的な回答というのが存在しない。
その人が置かれている環境、相手との距離感…それ以外にも様々な要素が絡まり合っている上に、それらは個人ごとによって大きく異なっている。
そして仮に…その中でベストと思われる選択を取り続けたとしても、最終的にその恋が成就するかどうかを決めるのは自分じゃない。相手だ。
綺麗な部分だけが取り沙汰されがちだけど、それ以上に悲しくて、残酷な面を持ち合わせていて。
考えれば考えるほど、恋愛に対して奥手になってしまう気がする。
こうして草食系男子は完成されるのだ。
そして「ダメだった」という恭介からのメッセージにも返事を出来ないでいた。
ありきたりな励ましの言葉なんて…かえって彼の心を傷つけてしまう気がしたから。
…
翌朝、いつもの通学路を歩く。今日は終業式…ということは、明日から夏休みが始まるんだけど。
手放しに喜んでいられる場合じゃない。
なぜか早くに目が覚めてしまって、心の中とは裏腹に余裕のある朝だ。
電車に揺られて、またちょっと歩いて、そしたら学校が見えてきて。
ちょっと早く来すぎたかな。
通学路には人もまばらで、明け方の静けさがまだ余韻として感じられる。
なんとなく空を見上げてみると、ちょうど雲の隙間から陽の光が目を突き刺した。
変わることなく、毎日僕らを照らし続ける太陽…その周りに浮かぶ雲の集団…、少しの濁りさえ見えない青空を背景に。
ありふれているようで、琴線に触れてくる…一枚の絵画のように。
「早く来いよー!置いてくぞ!」
ランドセルを背負った小学生が、僕のそばを駆けていく。
それを見て、同じくらい小さかった頃のことを思い出した。
学校から一番近い、鏡花の家にみんなで集まって。
そう、8時ちょうどだったな。たいてい僕が5分くらい遅れてきて、遅いよーって言われて。
競争だ、なんて言って誰が一番先に校門を通れるか勝負したり…、だいたい恭介が勝ってたけど。
雪が降った日には、手が真っ赤になるくらいまで遊んだりして。
こういうきっかけがないと、思い出すことがなくなってしまった。
それくらいの月日が経ったんだ。
他にも、色んな記憶が僕の中にはあるけれど…その中には、忘れたことさえ忘れてしまったものもあるだろう。それだけ、時間というものは色んなことを過去のものに変えていく。
ピコン、とスマホに通知が届いた。
…でも、それは期待していたものではく、駅前のバーガーショップからの広告メッセージ。
なんだよ…、ぬか喜びさせやがって。
あれだけ大丈夫だと自分に言い聞かせて来たのに、たった一日でこの有様だ。
誰が悪い、というわけでもないのが、やるせなさに拍車をかける。
スマホを開いたついでに、鏡花に個人メッセを送ってみた。
『綾寧、あの後どんなだった?今日学校に来ると思う?』
送ってすぐに既読が付いた。今電車に乗ってるところなのかな。
『鈍感』
たった2文字の返信。なんて返せばいいかわからなくて、とりあえず『?』のスタンプを送っておいた。一体何を意味してるんだ?
鈍感って、つまりは誰かの気持ちとか周りの空気を読む感覚が鈍いってことだよな。僕がそれって言いたいのか?まるで心当たりがない。はあ…国語が得意だったらこういうのも理解できるのかな。
(タッタッタッ…)
考え事をしていて気づかなかったけど、かなり遠くから、誰かが走ってくるような足音が聞こえる。
全く…廊下は走ったらダメなんだぞ。心の中でそうつぶやいた。
こんな朝から元気に満ち溢れていて、羨ましい。
足音はやがて大きくなり、かなり近くまで“それ”は接近してきていた。
そうして後ろを振り返ろうと…思った瞬間に、背中に大きな衝撃を受ける。
「晴太ぁ~!!」




